名前の葬式はひっそりと親族だけで執り行われた。

警察の事情聴取、事故調査、マスコミの取材、それらも終わってからの時間は、名前の存在しない時間は、どれも無意味に思える時間でしかなかった。

学生時代から交際していた婚約者を事故で亡くした悲劇のプリンスとテレビや新聞では大きく取り上げられ、その不本意な報道に憤慨し、軽侮と、怨恨とを満たし俺はこんな世界に一人で生きていく事に至極疲れた。

しんどい。息をすることさえも、寝ることも、食べることも、全てに嫌気がさす。

けれど人間何日か食べ物を摂取しなくても生きていけれるし、余計に身体がしんどくなるだけの悪循環。

毎日欠かす事の無かったランニングやウエイトトレーニング、全てをやめ光を閉ざし、ホテルで隠れる様に生活し閉鎖的になっていた俺は坂道を転がる石ころみたいに急速に堕ちていった。

「名前」

もう一度、会いたい。話したい。抱きしめたい。あのとき名前の手を放さなければ。

名前と共に生きて、名前と共に笑い、名前と共に泣いて、名前と喜怒哀楽の全てを共有し、名前を愛して、名前といっしょにしにたかった。

「…名前」
「鳴ってば、何回私の名前を呟く気なの?」

名前?…否、そんな筈が無い。とうとう幻聴まで聞こえてくるなんてきっと俺は末期なんだろうな。

「名前」
「だからさっきから何回もなんなのよ!」

嘘だ。あり得るはずがない。だって名前は…

「なんで此処にいるんだよ?」
「…え?なんでって…、鳴が私を何度も呼んだからでしょう?」
「うん」
「鳴には私が必要なんでしょう?」
「うん」
「鳴が素直過ぎて怖い」
「…うるせえー」
「ふふふ。鳴、しっかり食べて太らなきゃ。鳴は身体が資本なんだからっていつも言ってたでしょう?」
「うん、って太りたくはない」

ふふふっと笑う名前につられて笑ったらポロリと涙が零れた。

「泣かないで、鳴」
「泣かないから、…抱きしめてよ」

ぬくもりをください。緩くてもいい。温くてもいい。冷たくても、本当でなくてもいいから。だから。だから。

「ごめんね」

俺をするりと通り抜ける名前の身体。

「ちゃんと、鳴を見てるから」
「うん」
「鳴ってば、さっきら「うん」ばっかりだね」

言いたいこと、聞きたいこと、伝えなきゃならないこと、沢山あった筈なのにいざ名前を目の前にすると上手に言葉にして伝えられない。

「また、会えるかな?」
「当たり前でしょ」
「うん」
「鳴が幸せになんないと、また化けて出てきちゃうからね」
「うん」
「野球やめたりしちゃあ駄目だよ。負けないで、鳴」
「うん」
「ふふふ。鳴ってば、本当に頷いてばっかり」
「…名前、俺はいつも天邪鬼で素直に、上手に気持ちを伝えれなかったけど、本当に、本当に名前のことが大切で、好きで、今でも、大好きなんだよ」

これからも、これから先もずっとこの気持ちは変わらない。

「…え?鳴ってば私への気持ちは大好きなだけだったの?私は心の底から鳴を愛したのにっ!」

こんどは俺があははって笑うと名前も笑って、大きな瞳から一つ、涙を流した。

「名残惜しいけど、…それじゃあ、またね。鳴」



:


目が覚めると机にあの日の写真が一枚あった。その写真には名前の癖のある字で一言。「幸せでした」たったそれだけ。



この愛をすりぬけてゆくきみに幸あれ。



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