入学式から一カ月たち、桜は散り木々が若葉に移る季節に私は御幸一也に告白をした。

一年生で強豪野球部のレギュラー入りを果たし、端正に整った顔立ち。入学して早々に彼はもてはやされていた。

そんな彼が私の告白に、簡単にいいよと一言。私は飛び上がる程に驚き、直ぐに友達に報告し涙を流して喜んだ。

その喜びも束の間で、たった二週間で私は呆気なく簡単に振られてしまった。

「どうして?」

理由を言ってくれないと納得できないと食い下がる私に、たった一言ごめんねと。

思い返せば、付き合うときも別れの言葉も簡単な一言で済まされていた。


彼はそれからも彼女を取っ替え引っ換えし続けていたが、だれ一人とも長続きはしなかった。御幸一也と付き合うとヤられて簡単に捨てられるだけだとか悪評も流れだしたがそれでも彼に彼女が途絶える事はなかった。

ところが彼は名前ちゃんと付き合い始めると、それまでの彼からは想像も付かない程にいとも簡単に変わってしまったのだ。

過去の女たちには向けたことのない、柔らかく暖かい表情で名前ちゃんを見つめ、現在も引き続き名前ちゃんと彼氏彼女という関係を良好に保っているようで彼の悪評もいつの間にか耳に入らなくなっていた。


無意識に自分の唇を強く噛み締めていて、口内に鉄の味が広がる。

「千佳ってば、ちょっと聞いてるー?」

心配そうな顔をして私の顔を友達が覗き込んだ。放課後の教室、机をくっつけて大量のお菓子を広げ数人の友達と他愛も無い話しをしていた途中に考え込んでいたみたいだ。

「ごめんごめん!聞いてるよ」

あははと笑ってポテトチップスに手を伸ばす。

「てかさ、名前ってウザくない?」
「あ、それ私もずっと思ってたー」
「千佳も御幸君と同じクラスで気まずくないの?」
「んー、でも一年も前の話しだし」

ペットボトルのジュースをゴクリと飲み、キャップをせずに友達はそれを机に置いた。

「まだ好きじゃないの?」

さらりとそう言われ、どきりと心臓が跳ねる。

「もう一年も前の事だし。忘れたよ」

心臓の動悸が早く、煩い。私は上手に笑えて誤魔化せているだろうか、自分の気持ちを。

「なんで名前が男に人気なのか分かんないんだけど」
「ああいう俺が守ってやらなきゃ的な庇護欲掻き立てられる様な女が結局もてるんじゃないの?」

名前ちゃんは女の私から見ても綺麗だと思う。ぱっちりとした二重に大きな黒々しい瞳を引き立てる真っ白な肌に小さな顔にスラリと伸びた鼻。それに加えて細く華奢な身体のせいかどこか儚げな雰囲気を纏っていて、彼が名前ちゃんの為に変わったというのも納得できる美しさだと思う。

「絶対に名前より千佳の方が可愛いよね」
「だよねー。ウザいしあいつの教科書に落書きしてやったんだけどさ、それ見てあいつ唇噛み締めて我慢しててさー」

私は驚き、声を荒げていた。

「わざわざ名前ちゃんのクラスまでいってそんな事したの?!」
「千佳の為を思ってしてやったんだよ」
「そうだよ。名前だけ御幸一也と仲良く付き合ってちゃあ、御幸一也に振られた沢山の女たちも腹立つって」
「上靴も捨てといてあげたよ」

ゲラゲラと友達が笑い声を上げた瞬間に教室のドアが開いた。

首を捻り、誰がドアが開けたのかと確認するとそこには御幸一也が立っていた。


僕は君といると泣きそうになるよ。


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