苗字と手を繋ぎお互い沈黙のまま(俺、手汗やべぇけど大丈夫かなだとか思いながら)歩き続け苗字の家へ着き、また明日と簡単な挨拶を済ませ苗字が玄関へ入るのを見届け寮に帰った。

また明日ね、と手を振った苗字の顔がなぜだか悲しそうだったのが胸に引っかかる。

寮に帰って風呂や用事を済ませごろりとベッドに横になり目を瞑り、苗字に悲しげな顔をさせてしまった理由を探す。簡単な挨拶なんかで済まさないで恥ずかしがらず抱き締めればよかったのか、…それともやっぱり苗字は俺の事を好きじゃなかったのかもしれない。

あーとかうーとか唸りながら答えの出ない堂々巡りを続けているとマナーモードに設定していた携帯が一定のリズムで振動し始めた。

こんな時間に誰だよ、と画面を確認するとそこに着信有りと表示されているのは苗字の名前だった。

慌て急いで通話ボタンを押し、ちょっと待ってと小声で苗字に伝えてから下のベッドで既に眠っている先輩を起こさないようにそろりと部屋を出て自販機の前にしゃがみ込む。

「待たして悪い」
「…ううん。私こそ遅くに電話かけたりしてごめんね」

電話から伝わる苗字の声のトーンは普段よりも随分と低く、微かに震えている。

「それでこんな時間に、どうした?」
「…あのね、私ね、倉持君に…今日のこと謝りたくて」

…ああ、そうか、やっぱり一旦家に帰って冷静に考えたら俺のこと好きじゃなかったとかか。その場の雰囲気に流されたとかか。それで俺に謝りたいってわけか。

「…本当にごめんね」
「うん」
「私…、倉持君に勝手に片思いして、せっかく家まで送ってもらったのに図々しく手なんか繋いだりしちゃって、好きでもないこに手なんて繋がれて嫌だったでしょ?」

本当にごめんなさい、と何度も繰り返し謝り続ける苗字の声はやはり震えていて、泣いていた。

「おい!ちょっ、なんで泣いてんだよ!」
「だって、倉持君…私が手を握ってる間ずっと無言だったし…、私すごく気まずくて…家に帰ってから色々と考えちゃって、もう友達にも戻れないのかなって思ったら悲しくなっちゃって…」

お願いだから友達やめるなんて言わないで、と泣きながら、嗚咽交じりに言葉を続ける苗字に、俺は未だに状況が把握出来ずにいる。

「おい、苗字!とりあえず落ち着けって」
「…うん。………ずびっ」
「絶対いまお前、鼻水垂れてんだろ」
「…うん」
「鼻水拭いて、はい、大きく深呼吸して」

苗字が大きく息を吸いこんでは吐いてを何度か繰り返すのを受話器越しに確認する。

「少しは落ち着いたか?」
「…ほんの少し」
「なんでそんなにマイナスな方向に考え過ぎちまってんだよ」
「え?それじゃあ、…友達のままでいてくれるの?」

あ、けどねまだ倉持君のこと好きなのは許してねとまた苗字はぐずぐずと泣き始めた。

「泣くなよ」
「…ごめん、なさい」
「友達とかもう戻れねぇよ」
「うん、ずびっ、そうだよね、此の期に及んで本当に自分勝手で図々しくて…ごめんね、ずびっ」
「おい、また鼻水でてきてんぞ」
「…ずびっ」
「ほら、鼻水拭いて」
「うん、ずびっ、鼻水拭くから、携帯耳からはなしててね」

わかったわかったと言って携帯を耳からはなしたのだが勢いよく鼻をすする音が聞こえてきたのは黙っていよう。

「…すっきりしたか?」
「うん」
「俺が今から言う事、ちゃんと聞いて」
「…うん」
「俺も苗字のこと好きだから、もう友達には戻りたくねーんだよ」
「そうだよね、いまさら気まずくて友達になんて戻れないよね…って、…え?!」
「苗字に手握られた時は恥ずかしくて黙っちまっててちゃんと伝えれなかったけどさ、俺は苗字のこと好きだよ」
「…嘘、だ。ずびっ」
「嘘じゃねーよ。こんなこっぱずかしい嘘つくわけねーだろ!」
「…うん」
「鼻水垂れちまってる苗字も好きだよ」
「…うん」
「だからよ、友達じゃなくて彼女になって下さい」

震える声でこちらこそ末永くお願いします、とまた泣き始めながら何度も言う苗字が可愛くて、やっぱり今日苗字を家まで送った時に抱き締めておけば良かったなと俺は笑った。

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