エナメルバッグを肩にかけ、部室に誰よりも早く行き、部員の誰よりも早く部活の準備をしなければと、下駄箱に上靴をしまいローファーを取り出し、それに足を引っ掛けていたところを後ろから軽く肩を叩かれた。

「樹くん」
「名前さん!」
「久しぶりだね。いつも誰よりも早く部活の準備してるんでしょう?」

無理し過ぎちゃあ駄目だよ、と彼女独特の心地よいソプラノの声と共に柔らかく微笑まれる。

「鳴はまだ鞄に教科書とかしまってたから、部室に行くまであと少し時間がかかると思うよ」

いつも鳴が迷惑かけてごめんね、と付けたして名前さんは眉を下げて背伸びをし、俺の頭をよしよしと撫でる。

名前さんとは部活での用件が有り、緊張で強張らせた顔を覗かせ上級生の教室をぐるりと見渡し色素の薄い頭髪を探すのだが鳴さんは彼女の教室にいることが多く、始めは軽く会釈をする程度だったのだが同じアイドルグループが好きなことがわかり寮生活の俺にへと名前さんがCDやDVDを貸してくれたりと、そこから自然に仲良くなり、最近では気兼ねなく話し掛けて貰える様な間柄にもなった。

「あ、樹君。前髪切ったでしょう?」

身長差がある為、自然と上目遣いに俺の顔を覗き込み、名前さんは俺の前髪を弄る。

「そっちの方が良いね。うん、かっこいい」

何の邪心も含まず、ただ率直な感想である一言に、ぼぼぼっと一気に顔が赤く染まり耳まで熱を持つのが自覚できた。

「…どうしたの?」

小首を傾げ、樹君?と名前を呼ばれるもんだから心臓をぎゅうぎゅうに鷲掴みされた様な痛みに襲われ、動悸まで激しくなる。

「はい、浮気〜」

俺と同じようにエナメルバッグを肩にかけた鳴さんが名前さんの細い腰に腕を回し、背後から抱き寄せた。

「鳴!」

驚いた声を上げた名前さんは、頬を膨らませ不機嫌な顔をした鳴さんの腕を振りほどかずにされるがままに腰抱きされている。

「ただ話してただけだよ?ね、樹君?」
「あ、はい!」

ふうん、と低い声を出した鳴さんは口の端を上げる。

「樹とじゃなくて、俺と話せばいいじゃん」
「鳴は教室でだらだらと帰り支度してたじゃない」

名前さんはくるりと大勢を変え、鳴さんに向き合い、よしよし、とか機嫌なおして、とか言って鳴さんの頭を撫でる。

「じゃあ今日、部活が終わるまで待ってて。家まで送るから」
「そうしたら機嫌なおしてくれる?」
「…うん」
「わかったよ。それじゃあ図書室で待ってるね」
「ん」

鳴さんは名前さんと同じ目線になる様に屈み込んで名前さんの頬に軽くキスをして、そのまま顔を首元に埋める。

「ちょっと、鳴!樹君の前でやめて!」
「態と見せ付けてんの」

こちらを蔑むような目つきで睨み、鳴さんは腕の中でじたばたと暴れる名前さんを強く抱き締める。

「樹。俺の名前に変な気おこさないでよね」
「…はい」

むっ、とはしたが何も言い返せず、それ以上の言葉以外は出てこなかった。

俺だって、尊敬している鳴さんの彼女を好きになるなんて思ってもみなかった。好きになるつもりなんかもなかった。それなのに、気がついたら、もう引き返せないほどに気持ちは膨らんでしまっていたのだ。

「ほら、樹。突っ立ってないでとっとと部活に行くぞ」
「いつも遅いくせに偉そうに言わないの!ごめんね、樹君」

鳴さんを攻略すら出来ていない俺が鳴さんの彼女を攻略出来るわけがない。不毛だ。なんて不毛な恋なのだろうか。

ずきずきと痛む胸の苦しみを抑えるようにエナメルバッグの紐をぐっと力を込め握り、名前さんに頭を下げ、靴を履き替えグラウンドへ走る鳴さんの後を追いかけた。



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