鳴はこれといって用事は無いのだろうが休み時間の度に私のクラスまで足を運んでは特に何をする訳でもなく、私の前の席の山田君の椅子に我が物顔でどかり座り込み今現在の様に私の机に突っ伏して、脱力しきった体を机に預けては眠いとかお腹減ったとかを呟いては両足をぶらぶらと上下に動かしている。

「飴もってるけど、いる?」

ポーチの中にいれていたキューブ型の飴を何個か取り出し、鳴に広げてみせる。

「いる!」

たまには役に立つじゃん、と鳴は私の手から飴を掴むと包装紙を勢いよくびりびりに破って飴を口に放り込み、甘い匂いを漂わせながら満足したのかまた机に突っ伏してしまった。

鳴の両足と共にフワフワと揺れる色素の薄い鳴の髪を暫くの間ぼんやりと眺めていると昨日の出来事をふと思い出し、聞いてよ鳴、と綿毛の様なそれに向け声をかける。

「…なんだよ」

さも面倒くさそうに顔だけを持ち上げた鳴は上目遣いにこちらをじろりと見てくる。

「昨日の下校中にね、他校の男の子に連絡先交換してって言われちゃった」
「…ふーん」

なんだそんなことかよ、と鳴は鼻で笑い、私の話しを簡単に一蹴してまた机に頭を伏せて寝る体制に戻ってぼそりと一言呟いた。

「女に見られて良かったな」

そう言った鳴の一言は胸にぐさりと突き刺さり、私は一瞬絶句してしまっていた。

「………もう少し、心配してくれるかと思ったのに…」

試合をする度にスタンドからの黄色い声援を一身に受け、下駄箱には毎日の様に女生徒からの差し入れやらが下駄箱いっぱいに詰め込まれていて、可愛い女の子からの告白が日常茶飯事の鳴にとっては、そりゃあ珍しくもない「そんなこと」かもしれないけれど、私にとっては人生で一度あるか無いかの出来事だったのだ。

「…鳴の馬鹿」

もう知らないからね、とポケットから携帯を取り出して机に突っ伏したままの鳴を横目に携帯を弄る。

「その男の子、いま月9に出演してる俳優さんに似ててイケメンだったし連絡先も交換したんだからね!」

本当にもう知らないからね、と語気を強めて呟き、画面を指でタップし通話アプリを開く。

「…は?本気で連絡先交換してんの?」

鳴は恐いほどに低く、乾いた声でそう言って、顔からはすっと表情が消えた。

「うん。交換したから」
「ふざけんな。今すぐそいつの連絡先消せ」
「やだ」

早く消せよ、と鳴はとうとう声を荒げて私の手に握られた携帯を奪おうと勢いよく椅子から立ち上がり、鳴が座っていた山田君の椅子が大きな音を立て後ろに倒れ、クラスの視線が一斉に私達に集まる。

「早く消せ!今すぐ俺の目の前でそいつの連絡先消せ!」
「無理」
「なんで無理なんだよ」
「…だって本当は連絡先なんて交換してないんだもん」

そう言ってくすっと笑い、鳴に画面を見せる様に携帯を前に差し出す。

「ブタオンナの分際で…よくも鳴様を騙しやがったな」

顔を真っ赤にさせ、怒りでわなわなと震える鳴は乱暴に私の机を叩くと、くるりと背を反転させ自分の教室へと帰って行ってしまった。

:

その夜、練習を終えたのであろう鳴からのメッセージが私の携帯を振動させた。

「今日の御礼は次のオフの日にたっぷりしてやるからな。覚えておけよ」




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