甘く痺れる金縛り



御幸が家に迎えに来た時、時刻は待ち合わせの六時をとっくに過ぎていた。

「本当にごめん」

息を切らし、額から汗を流して部活後だというのに急いで家まで来てくれたのは充分に見て分かった。

けれど私の準備は待ち合わせの三時間前には整って未だか未だかと何度も時計を見ては御幸を待っていたのだ。

御幸が浴衣は大人っぽい黒色でシンプルな物が良いと言っていたから母に頼み込んで新調したものを近所のお婆ちゃんに着付けてもらい髪型も行きつけの美容室で髪をアップに纏めてもらって大きな花のコサージュも付けて貰ったのに。

それなのに、御幸は二時間も遅行して来たのだ。

「本当にごめん。部活が長引ぃちまって」

両手を顔の前に合わせて御幸は何度も謝る。

「…ずっと、待ってたのに」
「うん。待たせて本当にごめん」

御幸が悪い訳じゃあないことくらいわかってる。御幸の一番は野球で、野球をしに青道まで来てるんだから仕方ない事くらい理解しているつもりだ。だけど、私だけ未だか未だかと楽しみに待っていたなんて惨めで馬鹿みたいじゃあないか。

「ごめんね、名前ちゃん」
「…うん」

私はむくれた顔をして頷く。

「あと少しで花火上り始めちゃうけどさ、今からでも大丈夫だったら俺と一緒に花火見てくれる?」
「…うん」

いまだむくれた顔をした私に、御幸は眉を下げて少し困った顔をして私の手を引き家の玄関を出た。

御幸に手を引かれたまま、浴衣と一緒に新調した紅色の鼻緒の下駄を鳴らし私は御幸の後を歩く。

「足、痛くない?」
「…大丈夫」

それなら良いけど、と御幸は言って祭りのメインである大通りにつくと幾つか並ぶベンチの一つに私を座らして少し待っててと何処かへ行ってしまった。

無愛想に大丈夫と言った自分に我ながら可愛くないなあとは思ったが後には引けない意地を張っていたのだ。

「待たせてごめん」

御幸の声が頭上から降ってきて、両足を揺らし下駄をカラカラと鳴らしていた私は顔を上げる。

「りんご飴、前に好きって言ってただろ?」

御幸は大きなりんご飴とペットボトルを両手に持ち、これで機嫌直してくれる?と笑った。

「…ずっと前にお祭りでじゃないと食べれないけど好きだって言ったの覚えててくれたの?」
「当たり前だろ。名前の事は何でも覚えてるよ」

御幸の言葉に顔が熱を持ち、赤く染まるのが自分でも分かった。

「ありがとう」

御幸の手からりんご飴を受けとる。

「どういたしまして」

りんご飴を私が受け取り、御幸はその空いた手で私の頭を撫でて横に腰掛けた。

「一番おっきいりんご飴…、高かったでしょう?」
「これで名前ちゃんの機嫌が少しでも直るなら安いもんだよ」

ハッハッハッと御幸は笑ったと思ったら急に真面目な顔をして私の瞳をじっと見詰める。

「せっかく綺麗に浴衣も着て、髪もセットしてくれてたのに遅れてごめんね」
「…ううん。御幸は悪くないよ。私も意地を張ってずっと不機嫌なふりしてごめんね」

ありがとうと御幸は私の頬を優しく撫でて、そのまま私の顎を持ち上げ御幸の形の良い唇でそれを塞がれた。

「今日の名前ちゃんは、いつもより本当に綺麗だ」

星が瞬き始めた空に花火が咲いた。


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