(未来)
殴られて畳の上にぶっ倒れた。閉じた目を再び開くよりも先に花巻が叫ぶのが聞こえる。頬が痛い。いや、熱い?目を開いて頭上を仰げば、見下すようにおれを眺めているなんとも胸くそ悪い親父の顔があった。
昼間花巻のところにいって娘さんをぼくにくださいというようなよくあるセリフと一緒に頭を下げたら、花巻の親父はにっこり笑い「ふつつかな娘ですがどーぞどーぞ」とこちらが拍子抜けしてしまうくらい嬉しそうに言っていた。
だから、まさかうちの親父が花巻との結婚を反対して殴りかかってくるとはこれっぽっちも予想していなかったのである。うちの親父は怒り、花巻では釣り合わないだの見合いしろだのと勝手なことばかりのたまうものだからおれもむかついて「こいつ以外と一緒になる気はねえよ」と言い捨て、しまいには家を飛び出してきた。
夜の肌寒い空気が頬を撫でては通り過ぎていく。殴られた痛みはだいぶおさまったし、苛立ちも冷めた。数歩後ろを歩いてる花巻に声をかける。
「親父の言ったこと気にすんなよ」
「…」
「ごめんな。あいつ頭固くてさ」
立ち止まり振り返れば、花巻はうつむいている。昼間親父さんと向き合って照れくさそうに笑っていた姿とはまるっきりかけ離れていたから酷く胸が痛んだ。重い沈黙のあと、花巻が口を開いた。
「もう、いい」
「…何が」
「わたしのせいで藤くんとお父さんが仲悪くなっちゃうの、いやだもん」
人のことばかり気を遣って、自分の気持ちなんか後回し。花巻は中学を卒業してからもずっとそんな奴だった。こっちが呆れるくらい優しい。おれはこいつのそんなところを好きだった。
「じゃあお前はおれと離れ離れになってもいいのかよ」
「…やだ」
しんと静まり返った道端で花巻がぐずぐず鼻を啜る音が響く。ほんとによく泣くよなあと呆れたけれどそれ以上に嬉しさが込み上げた。こいつもおれを必要としているって思えたからだ。
「おれだってやだよ」
だからあんなクソ親父に何度殴られようが諦める気はない。言いながら花巻の頼りない体を抱きしめる。手放したくなんかないんだと強く思った。花巻が胸に顔を押しつけてくる。おれはもっともっと強く抱きしめた。