ガタンゴトンと音を立て、列車が一本の線路の上をただ進んでいく。おれは、けだるそうな顔をして座っているだけ。電車が波を打つように大きく揺れたとき、小さなこどもが通路でつまずいた。父親が大きな腕でこどもをすくいあげ、そのまま別の車両に消えていった。隣の席のばあさんはうつらうつらと船を漕いでいる。ずっと本を読んでいたおれは無限につづく揺れと小さな文字の羅列のせいで気分が悪くなり、窓の向こうに目をやる。空が、山が、海が、街が、家が、人が、通り過ぎてはまた現れ、その繰り返し。

寂れた小さな駅に近づき列車がスピードを落とした。まもなく○○駅〜○○駅〜。間延びしているようにしか聞こえないアナウンス。駅のホームには一組の男女。女の方は大きな荷物を抱えていた。がんばれよ、ありがとう、ばいばい、ばいばい。推測でしかないが、二人がそう会話しているように思えた。
まもなく発車いたしますというアナウンスに急き立てられ、女が列車に乗り込んだ。そして、空いていたおれの正面の座席に腰を下ろした。列車は進みはじめる。窓の向こうで男が何か言っている。女は答えるように何度も何度もうなずいた。列車は無情にもそんなふたりをぐんぐん引き離した。隣のばあさんはというと先ほどと変わらず船を漕いでいて、おれは本のせいでまだ気分が悪いまま。女は、孤独を噛み締めるように声を殺してひっそり泣いている。
窓の外では空が、山が、海が、街が、家が、人が、通り過ぎてはまた現れて、その繰り返し。まるで人生のよう。出会って、消えて、また出会って。ちっぽけな人間たちには抗えないような大きな渦が目の前に確かにある。


『体に気をつけてね』
『お前もな』
『いってらっしゃい』
『いってくる』


中学の頃から付き合っていた彼女は、驚くほど恥ずかしがりでものすごく臆病者で声が小さくて、けれど誰よりも優しく人の痛みを分かろうとする人間だった。おれはそんな彼女がとてつもなくいとおしかったし、彼女もおれを大切にしてくれた。だからおれがアメリカに行くと告げたとき、あいつはいつものように控えめな笑顔で背中を押したのだ。見送りに来た彼女の目が赤かったことに気づかないふりをしたのは、あの頃のおれが彼女の気持ちを無下にしない精一杯のやり方だった。

ぼんやりそんなことを考えているうちにずいぶんと列車は進み、懐かしい街並みが見えてきた。次は常伏駅〜常伏駅〜。懐かしい地名に、帰ってきたことを実感する。列車はスピードを落として、ついに停まる。ドアが開きおれは列車を降りた。その瞬間、藤くん、と忘れもしない懐かしい声がして心臓がどくんと跳ねた。


「おかえりなさい」
「…おう」
「また背伸びたね」
「お前はちっさいままだな」


そこには花巻がいて、数年前おれを送り出したときと変わらない笑顔を浮かべている。それを見たとたん喜びと安堵と切なさがごちゃまぜにになったようなよくわからない思いが心臓を締め付けて、おれはどうしようもなくて花巻を抱きしめた。花巻は「ひぇっ」と小さく声を漏らし、それからおずおずとおれの背に手を回した。


「待っててくれてありがとな」
「むっ、むしろわたしなんかで申し訳ないくらいなのに」
「ほんとお前変わんねぇ」

こいつのこんな風に自信がないところもわりと好きだ。こいつの代わりに、おれがこいつのいいところを数えきれないほど知っているわけだから、何も問題がないのだ。


出会って、消えて、また出会って。ちっぽけなおれには抗えない、大きな渦が目の前に確かにある。出会いと別ればかりの人生で、おれはひとつの幸福を知った。

世界の車窓から
2012,1,4



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