いつからこうやって肩を並べ一緒に帰るようになったのだろう。わりかし最近だったような気もするしずいぶん前からのことのようにも思える。そんなことが気にならなくなるほど一緒に帰ることは自然な行為になっていた。

保健室で寝ているおれが目覚める時間と、花巻の部活が終わる時間が偶然重なり、下駄箱のところで鉢合わせして一緒に帰るというのがいつしか当たり前になっていた。(少なくともおれは偶然を必然にするためにいくつかの小細工していた、)(というのは秘密)

とりとめのないことを話し、花巻が突然転び、おれが助け起こし、遠慮する花巻を家まで送る。それがいつもの流れ。花巻の膝小僧には毎日新しい傷が増えて、絆創膏はいつまでもとれないまま。


今日はいつもより夕日が真っ赤に燃えていた。おれはああいうのを見ると世界が破滅する予兆なのではないかという物騒で馬鹿馬鹿しい考えをするもしあの山の向こうで大火事が起こっていて、やがてこの街までも全部飲み込んだなら、明日はきっと学校が休みになる。そうやって意味のない期待をしては翌日目覚めたときに打ち砕かれるのが通例。

一方花巻は空を一心に見つめている。そして「あんな綺麗な夕日を描いてみたい」と呟いた。おれは、残念ながら夕日の色に芸術的な何かを感じるような豊かな感受性を持ち合わせていないので、「別にきれいとは思わないけどお前なら描けるんじゃねーの」と返す。花巻は困ったように笑っていた。

しばらくすると、突然「ふぎゃあ!」という間抜けな叫び声が響き渡り花巻が転んだ。否、今回は花巻が地面に倒れようとした瞬間おれがとっさに伸ばした手が花巻の手を掴むことに成功したのだ。

「、っぶねー」
「ありがと…」

今にも倒れそうな花巻をひっぱり、元の体勢に戻す。花巻は礼を言い、それから恥ずかしそうにうつむいた。掴んだ花巻の手はおれのより小さくて柔らかい。それが心地よくてしばらく握りしめていたら、花巻は今にも消え入りそうな声で「藤くん、手…」と言う。ああ、離してやらなきゃと思ったが、同時に離すなとおれの本能が言った。それどころかもっと触れろと悪魔のように甘く囁きさえする。

おれは通学路のまんなかに突っ立ったまま花巻の頬に手をやり上を向かせる。花巻の表情は困惑しきっていた。夕日に照らされ、涙の膜が張られた瞳は燃えるような赤色を反射し、きらめいている。きれいだと思った。心が震えた。夕日はちっともきれいだと思わないのに。

そのまま唇をなぞった。花巻は何か言おうとして口をぱくぱくさせる。だけどおれはそれを遮りその唇にキスをした。初めてのキスだ。おれも、たぶん、こいつも。その唇は柔らかで暖かくて、リップクリームの甘い匂いが香る。ぞくぞくと背中を走り抜ける幸福。そのまま夢見ごこちに空を飛びそうな意識は突然はっと覚める。名残惜しかったが花巻から離れ「ごめん」と間髪入れずに謝った。謝りながらおれは自分を小狡い人間だと思った。こんな謝り方をしたら、ただでさえ小心者の花巻は文句も何も言えなくなる。おれは本能的にそれを望んでいた。地獄に落ちてしまえと自分で自分を呪う。

「今の…忘れて」

おれは花巻から目をそらしそう言った。すると花巻はおれをの目を見つめ、予想外の言葉を投げ掛けた。

「わ、わたし、忘れたくないです」

呆気にとられ思わず花巻を凝視した。花巻はもう一度「わ、忘れたくなんかないです、忘れさせないでください」と、確かに言ったのだ。おれはたまらなくなって花巻の体を抱き締めた。そしてもう一度キスをした。花巻の震える手がおれの腰に遠慮がちに回される。誰もいない通学路、互いが互いの感触を忘れないよう、その行為を深く、深く、繰り返した。ああ、夕日だけがおれたちを見てる。



1ヶ月後、花巻の絵が何かのコンクールで賞を取ったのだという。全校集会で、何百人もの生徒たちの前で教頭から賞状を受け取り拍手を浴びる花巻はいつもの頼りない姿よりも少しは立派に見えた。絵は夕日を描いたものらしい。意味深なタイトルを聞いて笑ったら、「頭沸いたの?」と後ろの本好がボソッと呟いた。壇上から降りてくる花巻と視線がぶつかった。花巻はいつもみたいに恥ずかしそうに微笑んだ。おれたちはこんなにたくさんの人間がいるなかで、確かに二人だけの秘密を共有していたのだ。きっと一生忘れられないであろうあの夕日を、おれはまたまぶたの裏で思い出している。



秘密
2011.9.22

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