(藤→←花←安田)


柔らかい温度が肌を撫でる。教室の黄ばんだカーテンが揺れ、開け放された窓からは眩い光が射し込んだ。目をぐりぐりこすりノートに貼り付く小さな文字を書き写していく。花巻は椅子に座りおれの単純作業をぼんやり眺めていた。花巻の淡い色の髪がふわりと風になびき女子特有の甘い匂いが鼻をくすぐった。どくりと胸が高鳴るのに気づかないフリをして黙々と手を動かしつづける。


「お前のノート見やすいから助かる」
「そ、そうかな」


ありがとうと花巻が照れ臭そうに微笑んだ。かわいいなあと思う。今のおれは花巻しか見えなくて花巻の声しか聞こえなくて花巻の匂いでいっぱい。世界にはおれと花巻のふたり以外存在していないかのように思えた。それでいい気さえした。

小難しい数式が頭にちっとも入ってこない。その代わりに暖かでくすぐったい気持ちが溢れ返る。ただ幸せだと、思った。しかし、耳をつんざく騒音が響きわたりおれの世界はいともかんたんに崩れ落ちていく。

「藤テメーいい加減にしろ!」「テメーのほうがいい加減にしろ」「もう二人とも落ち着いてよー」美作と藤が何か言い争いしていてそれをアシタバが止めようとしていた。うるせえなあと眉をひそめていると、そこらへんの女子が「藤くんかっこいー」と色めき立っているのが聞こえた。あんな万年寝太郎顔だけじゃんと心で悪態をついてからもう一度ノートに目をやる。その前に花巻を見た。

花巻は、藤が美作に卍固めをくらわせているのを見て笑っていた。藤が動き回る度にその姿を目で追っていた。心の底から楽しそうで、幸せそうで、おれはそんな花巻を見るのは初めてだった。途端に、心に何かどす黒いものが渦巻きはじめる。気づかないフリが出来ないほど醜いものが、


「花巻って藤のこと好きなの?」
言った瞬間、花巻の体が分かりやすいほどびくついた。

「そ、そんなことない」
真っ赤な顔してよく言うよと思いながら自分の出来得るなかで一番優しい表情を貼り付けくすりと笑う。



「まあ、お前みたいなやつ藤に釣り合わないだろうしな」


おれは、こんな拙い傷付け方しか知らない。

花巻の真っ赤な顔が一瞬で強張り、瞳の奥がぐらぐら揺れた。藤なんかやめておれにしとけばいいのに、と心の中で付け加えてみる。分かっていたけどその言葉が届くはずがなかった。「そう、だね」花巻は静かに目を伏せた。



「ノートありがとな」


ノートをぱたんと閉じ立ち上がる。見下ろせば、花巻の肩が震えていた。花巻は自分の膝を見下ろしたまま顔を上げようとしない。おれの言葉はおれが予想していた以上に花巻の心を深く抉ったらしい。本当はこんな思いさせたかったんじゃないのに。花巻は泣きそうになっているのを知られまいと必死に耐えていた。おれは胸の痛みに顔をしかめ、それからはもう何も言わず、ゆっくりと自席に足を向けた。視界にうざったい金髪が入り込んだ。藤はいつのまにか驚いた表情で花巻のことを見つめていた。そしてすぐにおれを睨みつける。キレイな顔は歪んでも絵になるとぼんやり思った。うざったい喧騒の中『花巻に何した、』そんな声がはっきりと聞こえた気がした。普段何に対しても無関心なくせにこんなときだけ真剣な表情すんのな。藤に自嘲気味な笑みを浮かべて見せる。



おれの不幸は愛しい人の幸せだった。




ノーボーイノークライ
2010.03.17



title by スタンスパンクス
(♪/ノーボーイ・ノークライ)

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