seisyun | ナノ


「ねー乾先輩」
「………………………………………………なんだ」
「今の間はなんですか」

あたしがそう聞くと、乾先輩は眼鏡をくいっと上げて余裕ぶりながら、乾先輩と呼んだことに違和感を感じただけだ、と言った。

関東大会が終わった後、越前くんにぽろっと言ってしまった賭けにあたしが負けてしまって、名前呼びを徹底しなければならなくなった。ということで、テカメガネ先輩改め、乾先輩というあだ名で呼ばなくてはならなくなってしまったのだ「おい、乾はあだ名じゃなく本名だぞ」本名らしいです。個人的にはテカメガネ先輩の方がしっくりきていたんだけどなあ。こればっかりは仕方ない。

「…俺のことはともかく、越前の方を名前呼びするべきじゃないのか?」
「…越前くんの名前はくんでしょう?」
「それはボケて言っているのか。じゃあお前は越前くんとフルネームで呼んでいるということか」
「ぶふっ、乾先輩の口から越前くんって」
「もうお前と話すの面倒だ」

わかってますよ。越前くんのことを名前で呼ぶ、それが最初の賭けだった。だけどあたしはなぜか、名前で呼ぶことにためらいを感じてしまう。越前くんって呼ぶのに慣れたというにはあまりにも時間経ちすぎたというか、今更名前で呼ぶなんて恥ずかしさを感じてしまって、なんてこんなの言い訳でしかない。



「…とどのつまり、越前のことをどう思っているんだ?」
「………………」

急に変わってしまった空気に、あたしは言葉がつまった。乾先輩なら、知ってるんじゃないですか? 意地になったあたしは挑発的にそう言い、不意に口をとがらせた。てっきりあたしは先輩が今の言葉で挑発に乗って、俺にわからないデータなどない!!とか見栄を張って言いだすのかと思った。だけどそうでもなく、ああ、そうだな。と余裕ありげに言うのだった。なんかむかつくなあ。

「だが、データでもわからないことは多いぞ。特に人の心情なんて計り知れないものだ。口で伝えないとわからないデータなんてごまんとある」

いつになく真面目にそういうので、改めてこの人はあたしより年上なのだということを痛感させられる。そしてこの口ぶり、あたしの予想だとこの人、失恋した?女の勘という曖昧なものなのでよくわからないけど、なんとなくそう感じた。そうかー失恋しちゃったのかー。つい口を滑らせてしまったあたしは、のちに話がちがう方向にいっていると軌道修正させられるのだ。

「越前くんとあたしの関係なんて、見ての通りじゃないですか。それ以上も以下もなく、ただの悪友ですよ」
「わからないぞ?男と女はふとしたきっかけで一線を越えてしまうものなのだからな」
「先輩何歳なんですか?40代?」
「もうお前に助言はしないことにする」
「うそですごめんなさい」

お前たちにも、その可能性があるんだ。 そう言うと、乾先輩は今いる位置から離れようと歩き始めた。

「その線を越えようと越えまいと、俺はデータを集めることに変わりないからな。俺はそれを傍から見守っておくことにするよ」

去り際に言った乾先輩の言葉を聞いて、あたしは、ふと思うのだった。いったい何のデータを取るつもりなんだあの人は。

2012/09/27
ぽむさん、この度は青春リクエストにご参加くださりありがとうございます。まず、執筆が大変遅くなってしまい誠に申し訳ないです。心よりお詫びいたします。ぽむさんは、青春を何度も読み返していただいたみたいで、本当にうれしいです。主人公は越前くんに限らず他のキャラにもちょっかい出しているので、結果的に生意気な一年生になってしまったのですが、それを象徴するのが乾先輩との絡みですね。この絡みはひどすぎてたまに制御できなくなるときがあります(笑)先輩としての威厳がなさすぎて・・先輩・・。これからも青春を応援してくださるとありがたいです。今回はありがとうございました。