fiction | ナノ



「星、きれいだね」

 親に秘密事をしたのは、これが初めてかもしれない。こんな真夜中に、それも男の人と二人きりでいるということを隠して、友達の家に泊まりに行ってくるとだけ告げて家を出た。男の人と船に乗って旅行をしているとも知らずに。友達の家だなんて、ありきたりすぎたかなと今更ながら言い訳を後悔しながら、海の上で夜空に散らばる星を見上げていた。船が動く音は、低く、安定感があって心地がいい。いや、安心するのは、隣に彼がいるからだろうな。

「あれが、北極星」

 彼が指を示す先には、北極星らしき星がきらきらと瞬いていた。辰也が言うには、冬は空が澄んでいて星がよく見えるんだとか。星に関しては、知識の疎いわたしだけれど、彼が言う北極星や、線をつないでできる北斗七星も、彼が指を指すと、分からなかった星の場所もすぐにわかってしまう。もう中に入ろうか、と辰也に手を引かれて船の中へと入って行った。

 船の中ではベッドもなにもなく、わたしたち以外の人たちはみんな雑魚寝して寝ている。暖房がついているため、さほど寒くはないけれど、外から入ってきたため少し肌寒い。両手を擦り合わせていると、辰也は不意にわたしから離れて、どこかへ行ってしまった。数秒して戻ってきた辰也の手には、おおきな毛布が抱かれていた。わたしが寒がっていたことに気付いていたらしく、「寒かったでしょ」と柔らかな笑顔を見せた。辰也は毛布を広げると、わたしの隣に寄り添うように座り、辰也とわたしでひとつの毛布に包まれる形になった。

 ゆらゆらと揺れる船の上で、わたしはふと親の心配をしていた。なぜかわたしの頭の中では、船イコール逃避行というイメージがあって、親に黙って船に乗っているということに後ろめたさを感じでいた。駆け落ち、とも言うべきなのか。いや、辰也との交際が否定されてるわけじゃないから、駆け落ちはちがうか。そんな心配をわたしは辰也に打ち明けた。すると彼は、少しだけ笑って「そんなこと考えてたの」とわたしを小馬鹿にした言い方をした。なにも笑わなくてもいいのに…。

「逃避行、か。俺だったら、逃げることなんてしないで堂々と勝負するよ」

 堂々と勝負する、とは一体どういう意味なんだろう。わたしの脳内では瞬時に「娘さんをください」と必死になって言う辰也が思い浮かんで、苦笑いしそうになった。彼は意外と挑戦的な性格だ。バスケでもそう。逃げることを選ばない人だ。だからわたしは辰也に惹かれたのだけれど。自信たっぷりに話す彼が妙に可愛く、そして勇敢に見えてかっこよかった。船は波に揺られながら穏やかに進み、隣には愛しい人がいる。このままこの時が続けばいいのに、と眠気と闘いながらうつらうつらと、願っていた。

2012/11/01
少し文体を変えてみました。