fiction | ナノ


*これの続き

腕のギブスが取れるまで、予定の3週間より長くかかった。それまで彼は、あたしの面倒をずっと見てくれていて、なに不自由なく過ごすことができた。正確に言うと、四六時中ずっといたわけじゃない。バスケの練習やバイトとかで時間が合わなくて、会えない時もあった。だけど、それでも毎晩泊まりに来ては、あたしと一緒にお風呂に入って、体を洗ってくれていた。まあ、毎日泊まりに来ていたら、喧嘩もしちゃうし、あんな性格だから、あたしはたまに冗談を受け取りきれずにほんとに怒ったりしたこともあったけど。それでも、次の日にはお互い喧嘩したこともすっかり忘れている。そんなことの繰り返し。

そんな日が続いた後、ついにギブスが外れる日がやってきた。ギブスを外す時って、こわいね。先生が“カッター”なんて言うから、てっきり文房具のカッターで地道に削っていくのかと思いきや、電動ノコギリのようなもので一気に切りこんでくるんだ。びっくりして、見てらんなかった。そんな犯行ぎりぎりの状況を経て、ようやく解放された腕は一回りやせ細っていた。女のあたしからすると、やった、なんてガッツポーズがついてくるくらいだ。先生にも、これなら問題なさそうだね、と言われ、あたしは先生に深くお礼を言った。何度も通った病院で、あたしの顔はすっかり覚えられていて、受付の前で通院しているおばあちゃんに「ギブス、取れてよかったねぇ」と言われるくらいだった。そのときは、なんだかほっこりとした。

帰るまで、今まで使わなかった片腕が使えることに気付かずに、ついいつもの調子で怪我をしていない方の腕で鍵を開けるなんてめんどくさいことをしていた。もう使えるっていうのに。ただいまー、となんだかぎこちない声で帰ってきたことを知らせた。おかえり、という声は聞こえなかった。玄関を過ぎてリビングへと入ると、家にいた彼は座り込んで音楽を聞いていたようで、ヘッドフォンを耳にしていたけど、あたしの姿に気付いたのか、ヘッドフォンを耳から外してあたしの方を向き、おかえり、と言う。次の瞬間、目をまんまるとさせたのだ。

「えっ、あれっ、ギブス取れたの?」
「うん」

あたしも、まさか今日ギブスを外すとは思っていなくて、彼も同様、驚いたようだ。すると彼は、外すってわかってたらクラッカーでお祝いしようと思ってたのに、となにやら悔しそうだ。そんなことを考えてたのか。それより喜んでくれないのか、と機嫌を損ねたあたしは口をへの字に曲げた。すると彼は座っている位置からあたしに向かって両手を広げた。

「ほら」
「なに」
「抱きしめて」
「…なんで」
「ギブスしてるとできなかったじゃん」

ギブスしててもできたけど…とは思ったけど、あたしはそれ以上に無性に、彼に愛しさを感じた。なんでこんな可愛いことしてくるの。あたしはゆっくりと彼に近づいて、すこししゃがんで、彼に腕を巻きつけた。邪魔なギブスがなくってすごく開放感にあふれてる。直に彼の体温を感じてる。

「おめでとさん」
「ありがと」

もう体洗ってもらえなくなるね、と少し名残惜しげに言った。彼の洗い方はすごく、心地よかったからちょっと残念な気もする。すると彼は、じゃあ今度は俺の体洗ってよ、なんて言うから、あたしは心臓をどくんと跳ね上がらせて、はぁ?と声を裏返らせてしまった。だけど、やってもらっておいてなにもお礼無しじゃあ、さすがに薄情すぎる。ここはもう、彼の要望通りにするしかないみたい。

2012/08/27
余談ですが、わたしもギブス外れました!ようやくだよ、長かったです。