fiction | ナノ


じゃあね、と笑顔で手を振る彼女は、ほんとうに輝いてる。夏の日照りにも負けないくらい眩しい。手を振り返す友達は彼女とおなじくらいの笑顔を返していた。けどまあ、彼女には劣るかなぁ。彼女は友達と別れると、俺のことに気付いてすぐさま態度を変えた。それは喜びなんかではなく、嫌悪。さっきまでの笑顔が嘘みたいだね。目つきは冷めたように俺を一度だけ見て視線を逸らした。んでもって素通り。まあ、これはいつも通りの反応だからもう慣れたし、俺はどっちかって言うとさっきの眩しい笑顔より、こっちのが好き。ふつうの奴からしたら、まあ変態かもね。別になんと言われようと気にしねぇけど。こういう顔見せてくれんのは俺だけだし、俺はトクベツって気がしてたまんねぇんだよな。

「来ないでって、言ったじゃない」

どーやら俺は、彼女にめちゃくちゃ嫌われてるみたい。嫌われてるっつーより、機嫌を損ねてるっつーほうが正しいかな。俺って、彼氏でもなけりゃ友達でもないから。いわゆるセフレってやつ?都合のいい時に呼ばれて、その場だけの欲を吐き出してはい終わりってだけの関係だから、こんな反応されてもしょうがないか。今までの彼女からすると、男女問わず人気のある彼女は、こういう汚れた関係を持っていることを周囲に知られたくないみたい。だからって、そんなにあからさまに嫌な顔しなくても、俺を彼氏と思って接すればいいのに。っていうのは、言わない。彼女は男を作らない主義らしい、なんでか知らねぇけど。顔はそこそこ可愛いんだし、彼氏つくったっていいのに。いいや、嘘。俺を彼氏にすればいいのに。とは言えず、ごめんごめん、と軽く受け流した。だけど彼女はそれでも一向に態度を変えない。俺の横を通り過ぎる彼女を追いかけ、俺は彼女の後ろをついていく。ついてこないで、とは言いつつも走って逃げようとしないのが彼女らしい。本当は心のどっかで俺の事気にかけてんだなって捉えてもいいってことなのかね?こういう思わせぶりな態度してくるから、俺はまた希望を持っちゃう。

「俺さ、惚れちゃったんだよね。名前ちゃんに」

ついつい路頭でこんなことを公言してしまった。幸いにも聞こえていたのは彼女だけで、彼女だけが俺に視線を向けてきて、他のやつらは俺のことなんて見向きもせずに過ぎ去ってく。彼女は、顔をくしゃくしゃにさせて、俺をきっと睨んだ。だけど彼女の睨む顔は、逆に俺の性感帯を刺激しまくって、びくびくと震え上がらせてくれる。いいね、その顔めっちゃそそる。普段はみんなのためにきらきらした笑顔を振りまいて、俺だけにはそんなの微塵も見えないくらい冷たい顔見せてくれるのとか、ヤってる時に快感を抑えるように我慢する顔とか、ぜんぶ好き。俺は無理やり彼女を路地裏に連れ込んで、そんなことを彼女の耳元でささやいた。俺、こんなこと言うキャラだったっけ?なんて笑いそうになっちゃったけど、彼女の林檎みたいに赤い顔を見てそんなのは吹き飛んだ。

2012/08/13