fiction | ナノ


*これの続き

くしゅくしゅ、くしゅくしゅと、頭の上で泡が立っている。あたしの利き腕はタオルとビニールでぐるぐる巻きにされて、水の浸入をふせいでいる。その利き腕ともう片腕で体を包んで、彼に見えないように上半身を隠す。彼には背をむけていて、鏡も湯気のせいで見えないから隠してもあまり意味はないのだけれど。それでも羞恥心はあふれるようにわき上がってて、隠さずにはいられなかった。彼と肌を重ねたことはあるけれど、ここまで明るくはなかったから、正直あまり見られたくない。

彼はあたしの頭をくしゅくしゅと優しく指を立てて泡立てた。頭の隅々に泡が行き届いて、すごく心地よい。こう言ったらほめすぎなのかもしれないけれど、美容師さんより上手な気がする。頭洗うの上手だね、とほめると、でっしょー?なんて調子に乗らせてしまった

「ちっさいときは妹ちゃんの頭とか洗ってあげてたからね」

そうか、彼には妹がいた。だからか。小さいころの彼を想像しながらその情景を浮かべて、自然と笑みがこぼれた。なんてかわいいんだろう。

彼はシャンプーだけでなく、リンスまで丁寧につけてくれた。そして、ぬるま湯で流すと、次は体だ、ということに気付いてあたしは一気に青ざめた。彼はボディソープとタオルを手に取り、タオルの上に二度ボディソープのポンプを押した。タオルをこすりあわせて泡をつくる彼をよそに、あたしの体は徐々に堅くなってきて、肩がこわばった。心臓が、どくどくと、ギブスをしていない方の腕に伝わってきた。ばか、止まれ。

彼は最初にあたしの背中を全体的に洗い始めた。その瞬間、あたしは一気に緊張していた体が解れた。すごく気持ちいい。背中を洗ってもらうのなんて、いつぶりだろう。こんなに気持ちよかったものだったっけ。彼の洗い方がいいおかげかな。

「前、洗うぞ」

背中を洗う時からおしゃべりな彼は急に黙り込んで、洗うのに集中していた。そんな中いきなりそう言われてあたしは顔に熱が一気に集中するのが分かった。あたしのお腹あたりを洗う手と、あたしの肩を持つ手で支えられ、彼の手は黙々とあたしの体を這った。いつもならここであたしに悪戯を仕掛けてくる彼なのに、あたしの体を洗うときは一つも喋らずに真剣な表情をしている。いや、表情まではわからないけど、なんとなくそう思った。

「ねえ」
「ん?」
「…なんで黙ってるの」

あたしは沈黙に耐えられなくて、彼に聞いてみた。そしたら、なにが?って聞かれて。なにがって……言わせる気ですか。すると彼は笑って、ごめんごめん、と素直に理由を話し始めた。

「だって女の子の体じゃん?丁寧に洗ってあげたいっつーか、大切にしなきゃだし」
「………ヘンタイ」
「えっ今のヘンタイじゃなくね!?素直にありがとうって言うとこだろ?」
「……なんとなく」

へらへらしているわりに、たまに真剣なこと言ってくる和成があたしはすごく苦手だ。うれしいけど、反応に困ってしまって、ついとがったことを言ってしまう。あたしは急に恥ずかしくなってきて、別の質問をすることにした。

「……なんで、あたしにここまでしてくれるの?」

すると、彼はあたしの腕を丁寧に洗いながら、うーんと唸って考えていた。数秒考えた後に、いつもの軽い調子で話し始めた。

「名前ちゃんさ、めっちゃ強がりじゃん?ぜーんぜん悩みとか言ってこないし、泣いてるとこなんか俺見たことねーもん。だから、嬉しいわけ。こんな弱ってる名前ちゃんを見れるのが。俺に頼ってくれる名前ちゃんがめずらしくて、ほんと可愛い」

あたしはわなわなと口を震わせた。途中から、あたしとの距離がなくなるくらい近くなって、彼の吐息が耳に吹きかかった。全身に熱が行きわたって、こんな熱気がこもっている中のせいで余計熱くなった。

「ね。足洗いたいから、前向いてもらってい?」

声を聞くからにしても、足を洗いたいだけではない、なにか企んだような顔がわかった。

2012/08/04