fiction | ナノ


やってしまった。全治およそ三週間。あたしは利き腕に巻かれたギブスを憎い顔で見つめながら、洗濯物の服にまみれて戦慄していた。この腕だと、洗濯をたたむのもままならないし、片づけるのも一苦労だ。なんて、やればできることなんだけど、ただ単にめんどくさいだけなのもある。とにかく、なにか食べないと、なんて思いながらも一向に気が進まずベッドに寝転んだ。めんどくさくてやんなっちゃう。ぴんぽーん、と突然ドアのインターホンが鳴った。時刻は午後6時。この時間は、勧誘かなにかかな。出ないでおくに越したことは無い。とにかくめんどくさい。そうして玄関に向かうわけでもなく、ベッドでごろごろとしていると、突如ガチャという音が聞こえた。あたしは妙な胸騒ぎを感じた。これは、もしや、信じたくないけど…。

「おーいー、チャイム鳴らしたんだから出てくれたっていいじゃんかよ〜」

彼だ。唯一合鍵を渡していて、このように容赦なく入ってくる、あたしの彼氏。あたしは、彼に怪我のことを知らせずにいた、はずなのに、なぜかばれている。彼は人脈が広い上に、誰に対しても人見知りをしない。そんな性格だからばれるのも時間の問題だったと思うけど、今日一日でばれてしまうとは、さすがだ。

「なんで俺に教えてくんなかったのさ?」
「ぜったい家に来ると思ったから」
「なんでだよー、来てくれたほうがうれしいだろ?」

彼に怪我の事を教えなかったのには、理由がある。彼に怪我のことを伝えてしまうと、絶対看病をすると言いだすからだ。彼がそう積極的に言うということは、なにかを企んでいる証拠だ。

「…にしても、荒れてんなあ」
「洗濯物片づけられないの」
「まあその腕だしなー」

彼はあたしの部屋のありさまを見渡して言う。心配しているように見えるが、この顔は、なにか企んでいる顔だ。彼は洗濯物が重なって山となっているとこを凝視していると、突然その山へとダイブするようにつっこんでいった。

「あっ、こら和成!」
「やっべえ……超いい匂い」
「離れろヘンタイ!」

あたしは怪我をしていない方の手で彼の服を引っ張って、服の山から引きはがした。ケラケラと、いたずらが成功したように笑う彼を見て、あたしはもう、と溜息をつく。あたしの機嫌が損なったのを見計らってか、コンビニで買ってきたであろうお弁当やデザートを並べて、これで許して?とご機嫌を取るのだ。まったく、とんだ策士だ。

「……ねえ、食べらんないんだけど」

冒頭で話したように、あたしは利き腕を損傷している。ということはつまり、箸が持てないわけで。そして、ここには箸しかないわけで。確信犯であろう彼は、にこにことあたしの様子をうかがっている。あたしは強がって利き手でないほうで箸をつかむが、思うように上手く使えない。その様子を頬杖をつきながら、たのしそうに眺める彼は、ほんとうに性格悪い

「食べさせてほしいー?」

そうさせることが目的だった彼は、最初からそうなることが想定内だったかのように、あたしの悔しがる顔を見てにっこりと笑う。箸が使えないのであれば、手をつかって食べるしかないとも考えたが、それはあたしのマナーに反することなので、あたしはおとなしく彼の思惑通りにすることにした。あーん、と口を開けるそぶりをしながら言う彼に、あたしはつられて同じ行動を取った。彼の持つ箸に挟んであるエビフライを口に含んだ。口内に同時に含んだ箸は、あたしが咥えたのを見計らうと口内から出て行った。…おいしい。そうして何度も同じことをしながら、たまに口を開いて待つあたしを弄ぶように、箸でつかんだ食べ物を宙で回しながらいたずらもされた。それを見て彼はケラケラと笑いだすのだ。そしてあたしは彼の買ってきたものすべて食した。

腹ごしらえをしたその後、彼はたまった洗濯物をすべてたたんでくれた。途中であたしのブラジャーを見つけては匂ったりあそんだりしていて、またあたしは赤面しながら彼を叱るのだ。とうとう怒りが沸点を迎えるあたりで、ギブスをつけたままのラリアットは痛いんだよ?と脅しを含ませながら彼を叱って。そのときの顔はいつもの笑顔が引きつっていた。


「しっかし、あっついなー」

家には扇風機しか置いていないあたしの家は、窓を開けていても暑い。夕方の6時ごろだというのに、辺りはまだまだ明るくて蒸し暑い空気が流れ込んでくる。ギブスの中はそれこそ暑苦しくて、今にも脱ぎ取りたいと思うほど。すると、彼は立ち上がって、あたしの手を取った。あたしはいきなりのことで、彼がなにをしたいのかよくわからずにいた。

「風呂はいんね?」

あたしは、今日一番大きな声を出したと思う。

2012/07/19
高尾くんに看病されたいです