fiction | ナノ


「また飲みにきたんですか」

ひとりで寂しくお酒を飲んでいるあたしは、傍から見ると浮いた存在。だけど、周りはカップルとか飲み会で楽しんでるみたいだから、みんなそれぞれ楽しんでいるみたいで、ひと際浮いた感じにはならない。昼間はランチやカフェが楽しめて、夜はバーを経営しているこの店。仕事仲間のみんなに誘われて飲みに行ったときに初めてこの店を知った。周りはいつもにぎやかで、料理もお酒もおいしい。

そこであたしが出会って、一目惚れをした人がいる。それが、声をかけてくれたこの人だ。名前は黒子くん。苗字しか呼ばれないから名前までは知らない。同僚の火神くんの同級生らしくて、よく火神くんと話している。火神くんつながりで黒子くんと知り合うことができた。それからというもの、あたしは黒子くんに会うことを目的にわざわざ友達を連れて飲みに行っては、黒子くんとお話したりしていた。

そんな日が何回か続いたある日。あたしは友達と来るのをやめて、ついに一人で店に行くようになってしまった

「今日はお友達と一緒じゃないんですね」
「…みんな忙しいんだってさー」

本当はうそ。友達との誘いを断ってまでここに来ていた。友達とぎくしゃくしてるとか、そういうんじゃない。ただ、黒子くんに会いたかっただけ。

このときのあたしはどうかしていた。お酒強くて、めったに酔わないあたしだから、つぶれることがあまりない。可愛く酔っちゃったーなんてのも言えない。だからあたしは演技で気を引くしかない、残念な女だ…。これで黒子くんの気を引くことができたら…あわよくば連れて帰ってもらえたら、なんて下心が奥底であふれかえっている。彼女を作る気がない黒子くんだけど、せめて黒子くんの眼にあたしが留まってくれたら、なんて考えていた

「大丈夫ですか?こんなとこで寝てたら風邪ひいちゃいますよ」
「うーん……」

黒子くんは優しい。うつぶせになって寝ているあたしの肩をゆさゆさと揺らしながら起こそうとしてくれる。こういう優しさがあるから、ウェイターとしても素質があるんだろうな。そんな黒子くんの呼びかけにも応じず、そのまま数分くらいそれが続いた。

「…あの、もうすぐ閉店の時間なんですけど」
「……………」

ごめんね、黒子くん。この日で、あたしは店に通うのをやめるつもりでいた。これ以上ここにいるのは、つらくなっちゃうだけだし。今日で最後だから、もう少しだけ、あたしにかまってほしい。もう少しだけ、もう少しだけ。
そんなことを考えていると、お店の店長が送ってやれば?なんて軽い感じで言ってきた。えっ、というあたしの心の声と同時に、黒子くんも「えっ」と口に出したのだ

…そんな成り行きで、あたしは今黒子くんの背中にもたれかかっている。あたしをおぶって帰るまでは、すこし悩んでいた黒子くんだけど、結局あたしを送ることにしたみたい。本当に優しい。店から家まではそれほど遠くない。道順はあたしがぐだぐだでも黒子くんに教えたから、なんとか家にはついた。その間、黒子くんは何度も大丈夫ですかと聞いてきたり、吐きそうになったら言ってくださいと心配してくれてた。本当に、優しい。黒子くん、腕や体もすごく細いのに、しっかりとあたしを抱えていて、たくましく見えた。

黒子くんはあたしをゆっくりと背中から降ろして、ベッドに寝かせてくれた。降ろされた瞬間、これで終わりかあ、と思うとすごく寂しくなる。

すると、黒子くんは帰るのかと思いきや、ベッドに腰を下ろした。

「…名前さん、酔ってないですよね?」

唐突にばれてしまった。…あれ?なんでばれてるの?あたしは横になって黒子くんとは背中を向けたままだったので、顔は見られない状態になっているけど、きっとあたしの顔は今とんでもなく焦った表情をしているはず

「…………」
「白を切るつもりですか?何回うちの店に来てお酒を飲んでいると思ってるんです?名前さんがお酒強いのくらい、わかってますよ」

やばい。ばれたと同時に冷や汗がどっと出てきた。どうしよう。とにかく、謝らなきゃ。あたしは起き上がって、黒子くんの方に体勢を変えた。もちろん、正座で。

「……ご、ごめんなさい」
「どうしてこんなことしたんですか」
「…えっと…その…黒子くんと、一緒に、いたくて…」
「………」

言っちゃった………。黒子くんのまっすぐな瞳に負けてしまって、つい本音をこぼしてしまう。黒子くんはきょとんとした顔をしているように見えたけど、あたしは真正面で彼の顔を見ることができなくて、顔をそむけてしまった。


「…女性の家に、男性を連れ込むことの意味、分かってますか?」
「えっと…………え?」

え?ちょっとまって…。黒子くんはあたしと向き合う形になって、あたしに迫り寄っていた。あたしの左手の上には、いつのまにか黒子くんの左手が重なっていて、もう片方の手は壁についていた。後ろには壁、前には黒子くん。逃げ場なんてもうどこにもなかった。

「酔っている振りをして、家まで送らせるなんて、誘ってる以外考えられませんよ?」
「……っ」
「それに、今までよくお店に来ていた意味がわかりました」
「………」
「僕も名前さんと同じことを考えていると思います」
「え……?」

黒子くんは、ふっと柔らかな笑みを見せて、あたしに顔を近づけた。距離はついになくなった

「僕を誘った事、ちゃんと責任とってくださいね」

あたしは有無を言わさず、黒子くんの口であたしの口をふさがれるのだった

2012/07/01
けっこう長い短編になった(笑)