fiction | ナノ


情緒が崩れているのだろうか。
時期にこの雲に包まれたねずみ色の空は、徐々に深みを増すというのに、わたしは電気をつけて眩しさに包まれるわけでもなく、天井と顔を向かわせている
泣きたいと思うのに、中身「液体」がないから泣くこともままならない。それが一番くやしくてため息をつくことしかできない。実はこれが先ほどから5回は繰り返されている。ため息をつくと幸せが逃げるのならば、わたしは今ので5回も幸せを取り逃がした。ちょっとショックだ

少々いやなことがあった。ほんとうに少々だ。ささいなことで、私のプラスチックみたいに変化しやすい心はいとも簡単にへこんでしまう。そして怒り狂った後に起こる無心の波は、むなしさだけを感じさせるというのに、そう感じずにはいられなかった。たとえて言うなら、精力という中身を飲み干されて空っぽになったところを、両手親指で押さえつけられ、原型を失ったペットボトルだ

ばかみたいな例えを思いついて、余計にむなしくなる。さっきより曇天は深みを増した

「なに電気もつけないでいるの」

玄関を開ける音が聞こえ、気配を感じていたのでとくに驚くこともなかった。見慣れた少年がわたしのやさぐれた顔を見る。べつに、と少年の顔を見るなりわたしは視線を逸らした。カチカチ、という音とともにようやく辺りは眩しさに包まれ、一瞬だけ不意に目を細めてしまう

「…なんかあったでしょ」

そこは普通疑問系で問うはずのところを、彼は断定してわたしに問うた。疑問系で聞かれていたら、わたしは一段と不機嫌な声でべつに!と言うだろう。しかしそうじゃない。決め付けられた上に図星だから、余計に歯がゆくなる。その結果が目を合わさない、だった。眉を口を曲げることもプラスして

「なにかあったなら、言えば」

その横柄な態度に、わたしの心情を見抜く彼が、とても妬ましく苛立たせ、つい本音をあらわにして「越前くんには関係ない」と吐き捨ててしまう

「………あっそ」

ちょっとコンビニ行ってくる。そう言って越前くんは、来た道を戻って、わたしの前から姿を消してしまった。

そう、ほんとうに彼には関係のないことだ。わたしの問題だから、彼に迷惑はかけたくなかった。重い女になるのだけはわたし自身避けたかった。第一彼は面倒ごとが嫌いだと思う。しかしわたしはそう決め付けておきながら、一番彼をわたしの問題に巻き込みたかったのは心の奥の真実

いちばんに彼に頼りたかった。嘘と本音の矛盾が生じた今、わたしはついに耐え切れなくなって、彼が通った道を沿うように玄関へと向かった。すると、彼はいないどころか玄関の扉にもたれかかっていた

「…俺に関係あることになった?」

今まで出ることのなかった涙は、今度は止まらなくなるくらいになってしまったので、逆に困った

2012/06/04