私の……否、私達の主は突拍子もないことを言い出す事が多々ある。


「ねえ、石切丸。はろいんぱーてぃーしよう!」


今日もまた、その突拍子もないことを満面の笑みで私に言った。


「はろいん、ぱーてぃー?」

「うん! 書庫の整理してたら、この絵本が出て来たの。」


主が出したものは、いつも彼女が短刀達に読み聞かせている絵本というもの。題名の所には、”ドラキュラ伯爵の楽しいハロウィン”と書かれていた。見てみて、と楽しそうに紙を捲る主。その一枚一枚には、南瓜に顔・表情があったり、白い人魂のようなものは楽しそうに菓子を食べている。


「時期的にも丁度いいし……折角だから、やってみない?」

「あぁ、いいね。きっと皆喜ぶだろうね……。」


そう答えれば、彼女は嬉しそうにはにかむ。その愛らしい笑顔に、私もつられる様に微笑んだ。
それじゃあ早速、とその絵本の一番始めへと戻る。そこに描かれていたのは恐らく、題名にもなっている伯爵と箒を片手に持った女性の絵。


「この伯爵に、石切丸なってほしいの!」

「私が?」

「うん! それで、この……えっと、まじょ? ……は、私がやるから!」


どうせやるなら本格的に、ということらしい。主の考えは、この絵本の登場人物に私達が仮装して皆を楽しませたいとのことだ。


「この二人の格好をするのはいいとして……、どう皆に楽しんでもらえたらいいのだろう?」

「うーん……、なんとなく見た限りでは……。」


ぺらぺらと読み進め、数枚捲りその動きを止める小さな手。覗いてみると、伯爵と魔女が、小さな人魂に向かって何かを発している様子が描かれていた。西洋の文字で書かれているそれは、読み取る事が出来ない……かと思ったら、上に私達が使う言葉で小さく言葉が書かれていた。


「「とりっく、おあ、とりーと……?」」


主も同じ所を見ていたらしく、同時にその言葉を発する。もう一枚、と次の紙を捲ると小さな人魂達は楽しそうに何かを渡していた。文章を見てみると、”こどもおばけたちは、たのしそうにもっていたおかしを二人にわたしました”と書かれていた。


「たのしそうに……ということは、この、とりっくおあとりーとって言ってお菓子を貰うのがはろいんぱーてぃーなのかな?」

「うーん。なんだか逆な気もするけれど……。」

「そうだよね……。……それじゃあ、私達はもらうんじゃなくて、逆にあげるのはどうかな?」

「あぁ、それなら良さそうだね。」

「うん、よし! そうと決まれば、早速衣装作りから始めよう!」


目を輝かせ、意気揚揚と立ち上がる主。その姿を微笑ましく思って見ていると、風で一枚絵本の紙が捲れた。そこに描かれていたのは先程と似た様な絵……しかし、一つ違うところが一つ。
言葉は同じ、けれど、小さな人魂はお菓子を伯爵と魔女にあげなかった。すると伯爵は、姿を変えてその人魂をぱくりと食べてしまったのだ。そして最後に伯爵は言った。


「お菓子がないなら、悪戯をくれてやろう……。」

「石切丸?」


はっとして顔をあげると、主が首を傾げて私を見ていた。その大きい飴玉みたいな瞳が、まるで甘い菓子の様に見えて。私は胸から湧き上がる悪戯心を抑える事ができなかった。


「とりっくおあとりーと。」

「え?」

「甘いお菓子を、頂こうか。」


そう笑顔で彼女に言うと、主は困った表情で慌てふためく。その様子が愛らしくて、笑いを抑えきれない。


「え、そんな、どうしよう……。持ってないよ……。」

「そうか……。それなら、しょうがないかな。」


そう言うと、ほっと一息吐く主。そんな彼女に近づき、その大きな瞳に顔を近づけた。


「い、石き……っど、どうしたの?」


真っ赤に顔を染める主。ああ、なんて美味しそうな表情をするんだろう。


「菓子がないのなら……悪戯するしかないね。」


何かを言い出そうとした彼女の唇を、悪戯心で強く塞ぐ。
真っ赤になって固まる主と唇に残る甘い香りに、何故だかとても満ち足りた気持ちになった。







ドラキュラ伯爵の甘い牙
(ごちそうさま)