「主、入ってもいいかい?」
「いいよ」

読んでいた本を閉じ、障子の外から声をかけてきた鶴丸に許可を出した。
障子を開けて、顔を覗かせた鶴丸が私の方をみて、にいと笑みを浮かべる。

「こんな夜遅くまで起きていると、朝起きれなくなるぞ」
「ふふ、大丈夫大丈夫」

白い内番服を身に纏う鶴丸は、蝋燭に灯された火の明りによく映えた。
もう何度も思っていることをまた繰り返すように考え、私は鶴丸に座布団を差し出す。
座布団を受け取った鶴丸は、私と向き合う位置に座布団を置き、その上に座った。
やっぱり何にしても様になる。
こんなに綺麗だからかな。こんなに綺麗だから、得しているんだろうなあ。
遠征で得をしているのかもしれないけど、私は様子を伺うことは出来ないから、知りようが無いけど。
じいと見ていると、鶴丸が口を開いた。

「ところで主、はろうぃんはもう終わるんだろ?」
「そうだね。もうすぐで日付が変わって、十一月になるよ」

もうすぐ、あと一時間後。
今日はハロウィンだったから、一通りの仕事を終わらせた夜に、ハロウィンパーティーをした。
事前に食事当番を増やして、ハロウィンっぽい料理を一緒に練習したから、晩御飯はかなり上手く出来た。
短刀の子たちに「トリック・オア・トリート」を広めておいたし、その他の人たちに「トリック・オア・トリート」と言われたら、お菓子をあげるように言っておいた。
ううん、成功して良かった。
みんなが上手くやってくれたおかげで、今日はみんなが楽しそうだった。
勿論、私もとっても楽しかった。少しはしゃぎ過ぎた気もするけど……まあいっか。
いいってことにしておく。

「……そういえば、みんな、仮装していなかったような……」
「ああ、主が参考にしてくれと見せてくれた……えいが?が怖すぎて、誰もやりたがらなかったぞ」
「うそでしょ」

……鶴丸の言う通り、仮装をしてほしくて、彼らに色々な映画を見せたが……それが裏目になるなんて……。
感情のままに肩を落とす。
そんなに謎のウイルスに侵された人が襲い掛かってくる映画、怖かったのかな。
狼男と吸血鬼の対決を描いた映画と、魔術と魔術がぶつかり合う映画は怖かったのかな。
確か私が怖くないからと言って、みんなが怖くないとは限らない。
明日みんなに謝らないと……。
溜息をついている私に、鶴丸が仕方ないとでも言いたげに笑う。

「私ね、あのウイルスの映画が大好きなの」
「おお……主は随分と……短刀たちにはまほうのえいがが人気だったなあ」 
「ああー」

そういえば、木の棒を持って遊んでいた気がする。
そうか……私の趣味ってやっぱり変わっているのか……。
いや分かっていたけど、うん、うん……すこしへこむ。
気を取り直すために、私はとりあえず口を開き言葉を紡いでみる。

「昔はさー、その映画と同じようなウイルスに感染したらどうしよう。映画みたいに人類がウイルスに感染したらどうしよう。そう考えたものだよ。……今でも少し、考えるけど」

声を潜めて言う。
だって、ほら、ありえない話ではないだろう。
今はとても科学が発達している。そんな薬が研究されていたとしても不思議に思わず、納得をしてしまう。
私の言葉に、鶴丸が目を瞬いてから、首を傾げる。何を言っているんだと言わんばかりの表情。

「主には俺たちがいるんだ、恐ることなんてないだろ。それに主が墓に入った後、そうなったとしても、俺がいるんだ。安心してくれ」

当然。そんな感じの声。

……うちの鶴丸は、私と墓に入りたがっている。
入りたがっていて、その結末が当たり前だと、考えている節があった。
しかし、今は火葬が一般的である。
一緒に棺で燃やされるわけにはいかない。
墓の下に鶴丸は飾られることになるが、そうなると言ってもいるが、鶴丸は一向に発言を撤回しない。断固として
いや、私は構わないけど、周囲が納得してくれるとは限らない。
ううんと唸っていると、目の前に突然鶴丸の白い白い手が差し出される。
どうしたんだろう。顔を鶴丸の方へ向けると、タイミングよくこう言われた。

「主、とりっく・おあ・とりーと」
「……急にどうしたの……」

その言葉につい、驚きと呆れが混ざっているであろう顔をしてしまう。
私の表情を見た、鶴丸は悪戯が成功した時のような笑みを浮かべた。

「いや、主に言っていなかったのを思い出してな。今、はろうぃんである内に言っておきたかったんだ。……あと何十回も出来ることだが、今は今はしかないからなあ」

なるほど。それでこんな時間に私の仕事部屋に来たというわけか。
仕返し、とまではいかないが、鶴丸を驚かせたく思い、真実を大袈裟に告げてみた。

「ふうん。残念だけど、短刀たちに全部あげちゃったから、持ってないんだ。悪戯していいよー」

鶴丸の表情が固まる。
目をぐぐと見開いていき、黄金色の瞳が白の中でぶれる。
綺麗だと、素直に感想を抱いた。
その様を見つめていると、鶴丸の顔が徐々に赤くなっていった。

「あ、改めて言われるとなあ……、困ってしまう」

……女の子みたいに照れられても、私も困る。
照れる場面だっただろうか、正直私にはわからない。
どうしたらいいかと眉を寄せていれば、鶴丸の手が私の肩をがっちりと掴み、恐る恐るといった様子で腕の中に閉じ込められた。
細い身体。鳥みたい。
これが悪戯だろうか。だとすれば、まだまだ鶴丸も驚かせ方が甘い。
小さく笑いを零す。すると耳元で鶴丸の呟きが聞こえてきた。

「次はもっと、驚かせてやるからな。主……」
「待っているよ、鶴丸」

私は鶴丸の細い背を軽く二回ほど叩き、さらにけらけらと笑う。
ああ、ハロウィンが終わる。