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「…ちょい、ちょちょ待って!」

放課後の廊下をずんずん進む姿に制止をかける。


「なに?」

「なに、じゃねーわバカか。
あの、さ、いたいけな女子こーせの腕引っ張ってなんなの?したいの?」

「俺をなんだと思ってんスか!心外!」

「だって涼太ムッツリっぽ…むぐ」

「そーゆーの冗談でも大声で言わないでほしいッス!」

もー、と頭と腰に手をやりながら俯く目の前の大男。
いやいや、なぜあんたがガッカリだよ。

「で、なに?なんなの?告白ならもうちょいスマートにやってよね」

「アンタどっからくるんスかその自信」

「あん?」

下から睨んでやるとふいっと顔を背けられた。失礼なやつ。

「名前っち」

「ん?」

「付き合って」

「は?」







「…なんでだよ」

「俺、赤点」

「ドヤるな」

くっそこいつバカだ。
付き合ってとか言うから一瞬ときめいたが殴りたい。
こいつの物理の補習に付き合わされているこの現状をどう打破すべきだ。

「てかなんで連れてこられた私」

「だって名前っち頭いーじゃないッスか」

「そこそこだわ…
もっと頭いい男バスの同級生いるやん」

「ねね、これ分かる?」

「聞いちゃいねぇ」

私の不満を強引にねじふせ、涼太が見せてきたプリントを手に取る。

「…熱?」

「うん、熱容量がなんとかーみたいのがよく分かんないんスよ」

「ガガッと計算するだけだよ」

「テキトウ!!」

机に顔を伏せて“しくしく…”とか言ってるけどその効果音なんなの。


「…!?」

「あ、ごめん」

いつの間にか涼太の頭の上に置いてしまっていた手をさっとのける。
だってサラサラなんだもん、西陽が当たってキラキラしてたんだもん、触りたくなるでしょ誰だって。



「……ねぇこれさ、試してみる?」

しばらくポカーンとしてたくせに、急に意地悪そうな顔になって私の耳元で低く囁く。
彼が指でトンと叩いた紙には“熱量保存の法則”とあり、マーカーが引いてあった。

「なんの、はなし」

なんだ、なんなのこの展開…
涼太ってこんな目するんだ、自分の体の芯が震えているのが分かる。
怖くなって恥ずかしくって今度は私が、目を反らす。


「だから…唇から伝わる熱を、確かめてみようかって」

言ってんスよ、と顎を指で引かれる。
涼太が背中から受ける西陽が、私には真っ直ぐに優しく当たる。
眩しくて、目が潤んでしまう。

「…バカの癖に」

涼太の整ったきれいな顔が徐々に近づいてくる。
まつげ長いな…
バカの癖に…
バカバカバカバカ…

そんなの体のいい言葉だって分かってる。
こんなもの、勉強でもなんでもないのに。
その誘いは甘美な香りを発して、今、目の前に迫っている。
でも、言いくるめられたフリをしとく、騙された、フリをしておく。

「…かわいい、名前」

「うっさい」

あーなんなのムカつく、本当はちょっと期待してたなんて、絶対言いたくない。
だからこのことは…今からふさがれる唇のなかに、永遠に隠しておくことにする。


甘い言葉に騙されてみました