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薄暗い建物の中。ガタガタガタッと窓が不気味な音を立てる。風なんて吹いていないはずなのに。
1人の少女は怯えて顔を引き攣らせていた。お化けでも出そうな不気味な雰囲気の廊下を進むうちにペタン、ペタンと自分たちのものではない足音がだんだんと近付いてくる。とうとう少女は耐えきれずに悲鳴をあげた。


俺、高尾和成と俺の彼女である秀徳バスケ部マネージャーの名前がいるのは誰にも使われていない古びた洋館だった。とは言っても本物のホラーではなく、3年生のセンパイたちが合宿最後の夜だからと企画してくれた肝試しだ。たとえレクリエーションの肝試しだとしても、お互い忙しくてなかなか一緒にいられない彼女と2人きりでいられるのが嬉しくない男などいるはずがない。真ちゃんに ( しま ) りのない顔なのだよ、と呆れられるほどには浮かれていた。

「取ってこなきゃいけねえお札ってどこにあるんだろうなー」

「なかなか見つからないね」

そんな話をしながら2人で廊下を進んでいると突然首筋にぬるっとした何かが襲ってきた。一瞬本気で驚いたもののすぐにその正体は定番のコンニャクだと気付く。まさかそんなに手が込んでいる企画だとは思っていなかったので楽しそうだと俺は喜んだけれど、名前はそうはいかなかったようで小さく悲鳴をあげた後完全に固まってしまっていた。

「名前大丈夫?」

ホラーが一切ダメだと肝試しが始まる前から宣言していた名前は恐怖のあまり服の裾をかなり強く握りしめている。安心させるようにぽんぽんと背中をたたくと少し落ち着いたのか、服を握りしめる手を緩めた。

「肝試しのペアが高尾君でよかった」

すぐ隣にいる名前がへにゃりと笑う。それはよかったと笑顔を浮かべて返事をして、少し下心を含んでいたことは否定しないが名前を安心させるために手をつなぐことを提案すると、名前は無言でギュッと俺の手を握った。

いくつかの部屋を探索し、何事も起こらないまま再び廊下を進んでいると背後からペタン、ペタンと何かが近寄ってくる音がした。だんだんとその足音は大きく、そして速くなっていく。その音を聞いた名前があからさまに顔を強張らせた。俺の手を強く握りしめて先ほどのように固まってしまう。

“アソボウ?”

すぐ後ろから声がしたと思うと背中をドンと押され、名前は甲高い悲鳴をあげた。その直後、俺が宥めるより先に俺の腕に縋り付くように抱きついてくる。
鷹の目で幽霊の格好をした普段はよく暴言を吐くセンパイが満足そうに立ち去ったのを見届けてから、落ち着かさせるために真っ青な顔をした名前の唇にキスを落とした。

「ちょっと高尾君!」

今度はいきなりの出来事に慌てる名前を宥めながらも口元が緩むのを抑えきれなかった。
ベタかもしれねーけど、彼女が怖がって抱きついてくれるようなこういう甘い展開を待ってました、なんてな。


正直こういう展開を待っていました