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「暑い」

水色に白の金魚が描かれた扇子を片手に、私は人を待っていた。周りを行き交う小学生、中学生、高校生。親子、カップル、寂しいかな、男だけでぎゃーぎゃー騒いでいるチャラそうな大学生グループ。その中でピンク色の髪の毛を見つけることなんて造作もないことなのに、ちっとも視界に入らない。もう五分前だよ?いつもなら張り切りすぎて十五分前倒しで来るのに。じんわりと背中が汗ばんで、近くのコンビニにでも入ろうかと動き出そうとした瞬間だった。

「苗字」

「え?」

こんな人混みの中から、絶対にいるはずの無い声が聞こえた。ここは京都だっただろうか?そんなはずは無い。ここは間違っても京都じゃない。ほら、視界のずっとずーっと奥では東京タワーが見える。そうだ、ここは東京だ。

「現実逃避をするのは勝手だけど、実際に俺はここにいるよ」

ぽん、と頭の上に乗せられた掌が無理矢理首から上を動かした。無理無理痛い首痛い容赦ない!そして目の前に映る赤を目にした瞬間、私は思わず頬を緩ませた。

「征十郎…!?」

「久しぶりだね。インターハイ以来かな」

「インターハイ終わったの昨日だよ!?こんな所で何やってんの!」

「桃井に誘われてね。今日、明日と洛山はテスト期間も兼ねて休みになっているんだ。今年は三年だし、少しくらいハメを外してもいいだろう?」

「征十郎がハメ外すとか言うのレア…何かよからぬことが起こりそうだね…」

「そんなことはない。俺だって人なんだよ」

「…ふふ、知ってる」

そうか、同じ理由でさつきは私も誘ったのか。納得がいった。
帝光中学時代、さつきと同じくバスケ部のマネージャーをやっていた私は、中三の全中がきっかけでキセキの誰とも違う別の高校へ入学した。一度嫌いになったバスケは、高校一年のWCを観戦しに行ってまた好きになった。大輝が笑ってた。敦が泣いてた。真ちゃんがチームプレイしてた。涼太が悔しそうだった。テッちゃんが嬉しそうだった。そして……あの征十郎が負けた。それを見て私は敦より泣いてた。泣いてた、というよりは号泣。…周りが引く程泣いたのだ。それくらい泣けた試合以上のものを、私はあれ以来見た事が無い。

「そんで、なんで肝心のさつきが遅いの?もう過ぎちゃうけど」

「桃井だけじゃない。そろいもそろって全員遅いな」

「もう、たこ焼きとか色々食べたくてお腹減らしてきたのに」

「相変わらず出店が好きだな」

あ、にこってした。それだけでぼ、と顔から火を噴きそうになった。さつき、アンタ分かってて遅刻しようとしてるでしょ…と思わずにはいられない。つまり私は中学の時からずっと、征十郎が好きだったのだ。洛山を受けるって聞いた時もついていこうか悩んだ程だ。けど、あの時の尖ってた征十郎に伸ばした手を叩かれたらと考えると…伸ばせなかった。ま、なんだかんだ結局ここまでずるずると征十郎を好きなままなんだけど。

「…っていうか、相変わらず出店が好きって、中学の時に皆で行った夏祭りのことまだ覚えてるの?」

「もちろん。真っ赤な出目金が取れなくて半泣きだった苗字に、苺のかき氷を奢ったのは俺だからね」

「やだ!そんなことまで覚えてるの!」

「後は…そうだね、あの日の苗字は浴衣が赤い手鞠の柄だったかな」

「征十郎もあの時は甚平だったよね。今日は洛山の制服だけど」

「さすがにインターハイには持ってこれないさ」

「ですよね〜」

「…思えば昔の苗字は赤い物が好きだったな」

「……そうか、な」

ぎくりとして扇子で扇ぐ手が止まった。赤い物…だって、しょうがないじゃん。征十郎のことが好きだと思ったら、目にいくものが全部赤かったのは自分でも気付いていたけど。出目金だってすごい綺麗な赤だったし、苺のかき氷だって美味しそうだった。浴衣だって、あの日さつきに征十郎が来るって聞いたら、迷っていた白地にカラフルな花柄をやめて、赤い手鞠を手に取ってた。

「……今日は赤じゃないんだな」

そう言われてばっと顔を上げれば、ほんの少しだけ眉をハの字にさせた征十郎がいた。あ、どうしよう、なんか、征十郎に感付かれていたのかもしれない、中学生の頃の私の気持ち。違う、違うの、私は今だって征十郎のことが好きで、今日だって征十郎が来るって知っていたら………あれ?ちょっと待って。もしかして、感付いていて、その台詞ってことは。…もしかしたら征十郎も私のことー……なんて淡い期待を持ち始めてやめた。そもそも征十郎は紳士な部類だし、女の子を喜ばせることなんて朝飯前だきっと。そうだそうだ。勘違いはしちゃいけない。彼はキセキの世代のキャプテン、今は強豪洛山のキャプテン。秀才。イケメン。大事なことだからもう一回言っておく。勘違いはイケナイ。

「…赤ってほら、大人になるにつれて着にくい色になってくるでしょ?目立つしさ。どんどん落ち着いた色を好むようになるわけですよ征十郎。アースカラーとか今流行色だし、モノトーンコーデだって流行ってるし。ね?あ、それよりもちょっとさつき達遅過ぎじゃない?私ちょっと電話してみるわ」

この間読んだファッション雑誌のカリスマスタイリストの文を真似て、自然な流れで携帯を手に取ったと思う。いいんだ。この気持ちに蓋をする準備だって…出来ていたんだから。

「…電話はしなくていい」

「へ、いやだってさつきが、」

「分からないか?遅刻なら遅刻でいい。それに待ち合わせ時間になった時点でいつもの俺なら電話している」

「確かにそうだけど……じゃあ征十郎電話してよ」

「…焦らすな」

言葉のキャッチボールが出来ていない。征十郎の言葉に眉を顰めていると、ほっぺたにじんわりとした熱が触れ、それが征十郎の手だと分かった時、真っ赤な髪の毛から真っ赤になった耳が見え隠れしていた。それを見て、引いていた筈の熱が上がる。なに、やってんの、人たくさんいるのに。近い。色んなものが爆発しそう。

「苗字と二人がいいと言っているんだ。好都合だろう、………名前も」

そう言う征十郎の顔が、羞恥だとでも言うように少し歪んだ。何、征十郎…照れ、てんの…?小さく、驚いたように呟けば、塞ぐように唇を奪われた。


照れ隠しと思っても
いいですか