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『……によって、午後7時に現場は制圧され、被害者は無事に保護されたとのことです。今回立てこもり事件を起こした容疑者グループは』

今日一日、テレビを賑わせた事件は解決したらしい。どこのチャンネルを見ても、どこも同じような内容で。深夜の情報番組までジャックするもんだから、いい加減見飽きたそれを、電源ボタンでぷつんと切った。

雑音を失った部屋に、チクタクと掛け時計のだけが木霊するのを、ただぼーっと聞いていたときだった。

深夜0時過ぎ、小さなアパートの一室に、とんとん、と控えめに戸を叩く音が聞こえた。ドアを開けてみれば、そこに居たのは、今日一日、ずっと待ちわびた憎らしい男の姿。仕事が終わってすぐ来たのか、隊服のままで。

もう、約束と違うじゃないの。そう言って、寂しさでぽっかりと胸に空いた穴を埋めるように、男のその広い胸板に飛び込む。

……なんて素直さは、生憎持ち合わせておらず。少し背の高い、瞳孔の開き気味な鋭い瞳を、何も言わず、ありったけの不機嫌を込めて睨み上げた。

男は、またいつものように、憎まれ口を叩きながらも、部屋へ通してくれるとでも思っていたのか、予想外の行動に、少しばかり戸惑っているようだった。へっ、ざまァ。

「こんな時間になにしに来たんですか。」
「何しに、ってお前、そりゃァ……」

返答に困る彼を玄関に残して、先に部屋に戻る。ソファーに座って、先程コーヒーを淹れたばっかりのマグカップに口をつける。玄関からは、物音一つしない。ずっと突っ立ってるのも迷惑なので、入れば、とマグカップに視線を落したまま声をかければ、なるべく音を立てないように気を遣いながら、ソファーに座る私の後ろに立った。

「……」
「……」

暫く続いた沈黙。聞こえるのは、ズズッ、と私がコーヒーを啜る音だけ。彼の方を向かなくてもわかる。眉間に皺を寄せて、私が何を考えているのか、じっと見つめて考えているんでしょうね。でもどんなに思考をめぐらせても、思い当たることはないから、すぐに声をかけるんでしょう。

「…おい。」

ほら、ね。

「俺が何かしたかよ」

苛立ちも交じったのもあって、語尾が若干強くなってた。それくらい、自分の胸に手を当てて考えてみればいいんじゃないの。なんてね。

「…何にもしてないよ。」

「今の間はなんだよ、」

知るか。最後の一口を飲み込んで、おもむろに立ち上がり、流し台にカップを置きに行く。ずっと俯いたままで。こんな男と、顔なんて合わせたくもない。

足早に寝室へ向かい、勢いよく襖を閉めて、畳の部屋に似つかわしくない白いヨーロピアン調のベッドに身を投げる。ああ、何やってんだ自分。

別に彼を困らせたかったわけじゃない。連絡したにもかかわらず、すぐに来てくれなかったことが不満なわけでもない。彼も勤務中だって、重々承知だった。彼の仕事がどういうものかも、理解している。

どんどんなんともいえない嫌な感情に頭が支配されそうになる。笑えるくらい情緒不安定だな。あれ、私ってこんなに嫌な女だったっけ。

スー、と、静かに襖を開ける音がした。少しの間を置いて、足音が近づいて来る。と、ベッドが少し沈んだと同時に、背中に温もりを感じた。

「……何勝手に乙女の部屋に侵入した上にベッドに横になってんの。」
「うるせェ疲れてんだよこっちは。」

「寝るならもうちょっとむこう行ってください真ん中の線から出てる背中キモい。」
「よく一息に言えたな。つか真ん中の線ってなんだよ、んなもんねーよ」

「あ〜りぃ〜まぁ〜すぅぅぅぅ。ちゃんと守ってください。さもなくば床で寝ろマヨ野郎。」
「お前ほんっと今日不機嫌だな。つか俺にはその線は見えねぇから守るもくそもねぇ」

「そんだけ瞳孔開いてて見えてないとかまじ老眼。その眼球は飾りかよ。だいたい、」


独身女のベッドで寝るなよ。


「……??なんつった?」

「……なんも言ってないよ。疲れてんだったらさっさと寝てなさいよ」


もういいや、ソファーで寝よ。そう思って、ベッドから身体を起こした。


いつからだろう、こんなに親しい間柄になったのは。
だからといって、彼とは付き合ってるわけじゃない。

いつからだろう、こんなに彼が愛しいと思うようになったのは。
だからといって、彼に思いを告げるつもりはない。

いつからだろう、彼には忘れられない想い人がいるのを知ったのは。
だからといって、私たちの関係が変わることも無い。

いつからだろう、事件が大きいときは安否の確認をする約束ができたのは。

いつからだろう。


「……おい。」


彼が私に惚れていることに気付いたのは。


ぎゅ、と手首を握られる。振り払ってしまえばいいものの、それだけで私は動きを止める。


いつからだろう、相思相愛だと互いに気づいたのは。


「悪かったよ、何もしなくて。」
「……ん。」

「……となり。」
「……ん。」

だからといって、体を重ねることもない。

なんて宙ぶらりんな関係なんだとは思う。けど、この距離感が心地好い。


「真ん中の線は守ってね。」
「だからなんなんだよ、真ん中の線って。」

午前1時前。シングルベッドで背中合わせの私たち。きっと彼からは、何もしてこないんでしょう。でも、別に悲しく思ったこともない。不器用だけど、これが正しいやり方とも言えないけれど、彼が忘れられない思い出も、今は何よりも私のことを、大切にしてくれているって知っているから。

「……トシのニコチン。マヨ。大馬鹿野郎。」
「うるせェ、眠れねェ。」

こんな毎日がずっと続くといいな、っていうワガママのためにも。


君がそのつもりなら惚れた
弱みに付け込ませていただきます。