「嫌だ、なぁ」
ぽつり、と呟いたその言葉は、誰に向けて送った言葉なのだろうか。彼女は雨が降り続け、既に暗転していた空を眺めた。そうして、その体も窓の外へと向ける。
「ジメジメした所は嫌いだと、告げたのに」
そう言った彼女は、今度はなんだか眠そうな顔をして、壁にもたれ掛かった。必要不可欠な物以外、何も置かれていないこの部屋には、ベッドと言う物は無く、壁に寄り添って寝るしか無いのだ。
「おい、起きろ」
「起きてますよ、全く」
刹那、扉の方から男の声が聞こえた。声が聞こえただけであって、その姿が拝見できる訳ではなさそうである。しかし、名前の眠りに落ちかけていた脳を覚まさせるには充分であった。
「面会の時間だ」
「この時間にですか」
無関心な顔だけを、その扉に向け、まるで面倒と言わんばかりの声色をした。彼女にとっては睡眠の時間に、人が来ること自体嫌だったのだろう。
「いいんですか、私苛ついて吸っちゃうかも」
「どうせ何も出来ないだろう」
図星を付かれたのか、彼女は小さく息を吐いた。そうして、ゆっくりと壁際から離れ、外へと出られる扉に虚ろ気味な目をして向かう。それから、靴棚の上に完備されているマスクをそっとつけ、ボロボロになった靴を履いた。
「準備できましたが」
「出てこい」
ガチャン、と鍵が開く音と扉が開いて、彼女はゆっくりと外へ出た。手首には手かせをしている為に、反抗しようも何も出来ないのであろう。自棄に大人しそうにしている。
「誰ですか、その面会の人って」
「有名人だ、お前も知っているだろう」
簡易的な説明を受けて、彼女は面会室に連れこまれた。そこには一人の警官がいた
て、その警官は疲れたような顔をせず、しっかりとたち続けている。そうして、遮られたアクリルの壁の向こうには、確かに有名人がいたのだ。
「何故、貴方のような人が」
「前々から気になっていたんだ」
おちゃらけた顔をして、そう彼女に言ったのは、かの有名なプレゼント・マイクであった。どうやら彼女の能力を聞き付けて、ここに来たようである。
「そうですか、でも残念ですね。私の能力はお見せ出来ません」
「No No! 別に殺戮をして貰いに来たんじゃないさ」
身振り手振りでそう説明する彼に、彼女はいぶかしげな顔をした。恐らく、会いに来た理由が、能力目当てでなかった事に、困惑でもしているのだろう。
「では、何故?」
「君が、薄暗い所は嫌いって同僚から聞いてよ」
「……それだけ?」
Yes! と大きく叫んだブレゼント・マイクの声に、名前と警官は耳を塞いだ。どうやら、彼が能力を使ったようだ。しかし、耳を塞いでいても、彼女らはしかめっ面をしている。
「っと言うかそもそも、そんな事で此処に来てもらわなくて結構です」
「いいじゃねェか、嫌では無いだろう?」
「嫌ですよ、昼間は私の寝る時間ですし。と言うか雨降ってるじゃないですか、なのにわざわざ」
彼女は少なからず、彼に気を遣っているようであった。しかし、その気遣いもおちゃらけている彼によって、丸めとられてしまう。
「一段と暗いだろ、部屋は」
「まぁ、そうですが」
「それに俺も先生だ、先生が生徒を見に来ちゃいけない理由があるか?」
「ない、ですね」
完全に言い負かされた名前は、プレゼント・マイクに申し訳無さそうな顔をした。そうしてから、また口を開くのだ。
「ですが私はもう、雄英の生徒では無いのです。それ以前に犯罪者ですし」
「関係無いさ、生徒であった事には変わりないんだ」
だろう? と言われ彼女は完全に何も言わなくなってしまった。もう反論すること自体が、無意味に思えて来たのだろう。そうして、暫くの無言が続く。数分くらいの時間が経って、漸く彼の方から口を開いた。
「また来る、次はそのマスクも外してな」
「……はい、先生さようなら」
「おう、吸血鬼のリスナーちゃん」
ガタッと席を立つ彼の後ろ姿を、彼女は無言のままに、そっと見送る。そうしてから、彼女はまたあの薄暗い部屋に逆戻りするのだ。
暗く閉ざされたあの部屋で、彼女はこれから何を思うのか。
Thanks DO様