この美しくも醜い世界

 無機質なテレビの音が、反響するこの薄暗い部屋で、名前は小さく、膝を抱えて座っていた。その瞳には、光と言うハイライトを灯しては居らず、何処か遠い目をしていた。

「嫌だ、なぁ」

 ぽつり、と呟いたその言葉は、誰に向けて送った言葉なのだろうか。彼女は雨が降り続け、既に暗転していた空を眺めた。そうして、その体も窓の外へと向ける。

「ジメジメした所は嫌いだと、告げたのに」

 そう言った彼女は、今度はなんだか眠そうな顔をして、壁にもたれ掛かった。必要不可欠な物以外、何も置かれていないこの部屋には、ベッドと言う物は無く、壁に寄り添って寝るしか無いのだ。

「おい、起きろ」

「起きてますよ、全く」

 刹那、扉の方から男の声が聞こえた。声が聞こえただけであって、その姿が拝見できる訳ではなさそうである。しかし、名前の眠りに落ちかけていた脳を覚まさせるには充分であった。

「面会の時間だ」

「この時間にですか」

 無関心な顔だけを、その扉に向け、まるで面倒と言わんばかりの声色をした。彼女にとっては睡眠の時間に、人が来ること自体嫌だったのだろう。

「いいんですか、私苛ついて吸っちゃうかも」

「どうせ何も出来ないだろう」

 図星を付かれたのか、彼女は小さく息を吐いた。そうして、ゆっくりと壁際から離れ、外へと出られる扉に虚ろ気味な目をして向かう。それから、靴棚の上に完備されているマスクをそっとつけ、ボロボロになった靴を履いた。

「準備できましたが」

「出てこい」

 ガチャン、と鍵が開く音と扉が開いて、彼女はゆっくりと外へ出た。手首には手かせをしている為に、反抗しようも何も出来ないのであろう。自棄に大人しそうにしている。

「誰ですか、その面会の人って」

「有名人だ、お前も知っているだろう」

 簡易的な説明を受けて、彼女は面会室に連れこまれた。そこには一人の警官がいた
て、その警官は疲れたような顔をせず、しっかりとたち続けている。そうして、遮られたアクリルの壁の向こうには、確かに有名人がいたのだ。

「何故、貴方のような人が」

「前々から気になっていたんだ」

 おちゃらけた顔をして、そう彼女に言ったのは、かの有名なプレゼント・マイクであった。どうやら彼女の能力を聞き付けて、ここに来たようである。

「そうですか、でも残念ですね。私の能力はお見せ出来ません」

「No No! 別に殺戮をして貰いに来たんじゃないさ」

 身振り手振りでそう説明する彼に、彼女はいぶかしげな顔をした。恐らく、会いに来た理由が、能力目当てでなかった事に、困惑でもしているのだろう。

「では、何故?」

「君が、薄暗い所は嫌いって同僚から聞いてよ」

「……それだけ?」

 Yes! と大きく叫んだブレゼント・マイクの声に、名前と警官は耳を塞いだ。どうやら、彼が能力を使ったようだ。しかし、耳を塞いでいても、彼女らはしかめっ面をしている。

「っと言うかそもそも、そんな事で此処に来てもらわなくて結構です」

「いいじゃねェか、嫌では無いだろう?」

「嫌ですよ、昼間は私の寝る時間ですし。と言うか雨降ってるじゃないですか、なのにわざわざ」

 彼女は少なからず、彼に気を遣っているようであった。しかし、その気遣いもおちゃらけている彼によって、丸めとられてしまう。

「一段と暗いだろ、部屋は」

「まぁ、そうですが」

「それに俺も先生だ、先生が生徒を見に来ちゃいけない理由があるか?」

「ない、ですね」

 完全に言い負かされた名前は、プレゼント・マイクに申し訳無さそうな顔をした。そうしてから、また口を開くのだ。

「ですが私はもう、雄英の生徒では無いのです。それ以前に犯罪者ですし」

「関係無いさ、生徒であった事には変わりないんだ」

 だろう? と言われ彼女は完全に何も言わなくなってしまった。もう反論すること自体が、無意味に思えて来たのだろう。そうして、暫くの無言が続く。数分くらいの時間が経って、漸く彼の方から口を開いた。

「また来る、次はそのマスクも外してな」

「……はい、先生さようなら」

「おう、吸血鬼のリスナーちゃん」

 ガタッと席を立つ彼の後ろ姿を、彼女は無言のままに、そっと見送る。そうしてから、彼女はまたあの薄暗い部屋に逆戻りするのだ。

暗く閉ざされたあの部屋で、彼女はこれから何を思うのか。



Thanks DO様