貴方の背中しか知らない

心操人使とは小学校が同じだった。
個性のせいで人間関係があまり上手くいかないタイプだったことは、その時から知っている。
やってもいないことをやったことにされる、そういう苦労というか、苦渋を味あわされる人だった。
だから、ヒーロー科の入試会場で彼と会ったときは心底驚いたし、同時に合格して欲しいと願った自分がいた。

「苗字は、どこ行ったの?」
「経営科。すぐ就職できるし」

中学は別だったけど隣の地区だったから、嫌でも顔を見ることはあった。
それでも会えば「おはよ」とか「元気?」「うん」みたいな短い会話をするぐらいの親交もあった。
だから、電車で隣同士座って会話する、というのは本当に珍しいことだ。

というのも、実はたまたま空いていた席に座ったら隣が心操で、声をかけられるまで気づかなかった。
帰りの電車で気が抜けていたからとはいえ、そんなことは口が裂けても言えない。

「心操は普通科だっけ」
「うん。あの試験じゃ、なにもできなかったし」
「だよね」

と答えつつ、内心「これでいいよね」と冷や汗を掻く。
私だってあの試験はなにもできなかったのだから、同意のような意味だ、と言い聞かす。

「グラウンドにいたの、見た?」
「ヒーロー科でしょ、見た」

試験中に見た顔になんとなーく似ているやつが何人かいた気がしたから、勝手にヒーロー科と決め付けていた。
実際そうだったみたいで、そこで見た顔が入学式には現れず、誰かが「ヒーロー科は式に参加しないらしいよ」と言っていた。
さすが経営科なだけに、そういう耳は早い。

「ねえ。この学校、普通科とかからも編入できるって話、知ってる?」
「聞いたよ。体育祭のリザルト次第らしいけど」
「心操はそれ、狙うの?」

本命でヒーロー科を志望して、滑り止めに彼は普通科を、私は経営科を選んだ。
私の理由は簡単だ。
本命に失敗したときの安全圏――最小限の努力でも充分に生きられるような道にした。
決して経営科が安易な道だと思ったわけじゃなくて、自分に向いていると思ったからだ。

「狙うよ」

少しの間があったあと、心操はそう答えた。
ああ、やっぱりそうなんだ
心の中で、ホッとした自分と期待する自分がいる。

「そっか。頑張ってね」

最寄り駅への乗換駅に着き、彼は立ち上がった。
私は、電車が完全に止まっても立たなかった。
立てなかった。立ちたくなかった。

「降りないの?」
「うん。用事があるから」

先輩に聞いた、授業の予習復習に良い専門書が豊富だという本屋がこの先の駅にあった。
別に今日じゃなくてもよかった。だけど、今じゃないとだめだと思った。

いよいよ扉が閉まりそうになって、心操は小さく「じゃ」と手を振った。
私もそれに答えて、「また明日」と返す。
心操が人をかき分けて、駆け足気味に電車を降りていった。
扉が閉まったのはそのすぐ後で、一度閉じようとした扉が開きかけて、また閉じる。

その後ろ姿を見ながら、どうか、と神頼みをした。
どうか、たった一度心を折られただけでヒーローの夢を諦めた私に代わって、彼の夢が叶うようにと。


Thanks. 緒方 真様