夏が、よく似合うひと。
彼以上をわたしは知らない。原色の青。空も雲もまるですべてが彼のものなんじゃないかと。木兎くんが、笑うたびにそんなことを思うほど。惹かれてやまない。男も女も大人も子どもも、そのまばゆい光に引き寄せられる。
わたしはどうだろう。夏は嫌いだ。何をせずとも汗をかくし、女の子は特に大変な季節だと思う。

「苗字」

とんとんと肩を叩かれる。右半身を意識し過ぎていて必要以上に肩を跳ねさせたわたしに驚いたのか、視界の端で木兎くんが目を丸くした。羞恥心で焼け焦げそうになりながら必死に顔を上げる。となりのせき。距離は1メートルもない。

「 教科書見してもらってもいい?」

教科書 見してもらっても いい?
頭の中で木兎くんの言葉をもう一度再生して、それからわたしはロボットのように手元へ視線を移した。古典の教科書は意味の分からないページが開かれていたけれど、そうだいまは授業中だ。
こくこくと頷くと机が動く音。がたがたと移動してきてぴったりとわたしの机にくっつけてしまった彼は、ばちりと目が合ったわたしへ向けてありがとなと笑った。今度はふるふると首を横に振る。喉がつかえて、息が苦しくて、喋れない。どういたしましてと笑い返してしまえばいいだけなのに。

「 …ぼ、」
「 …… 」
「ぼくとくんが、起きてるの…珍しいね」

言ってしまってから発言の失礼さに気付く。慌てて謝ろうとすると、それより先に木兎くんがわははと笑った。

「テスト近いからさ」

1メートルもなかった距離がいまやそれどころではない。すこし傾いたら肩が触れてしまいそうな距離に、木兎くんが、いる。
最初に目を奪われたのは一年生のときだった。体育のときに忘れた携帯を、放課後慌てて取りに行って、はじめて彼のバレーに出会った。バレー部はまだ練習をはじめる前で、ネットも立っていないような時間だった。木兎くんはまさにさっき教室から走って来ましたというような格好でバレーボールを操っていた。大きな背中にどうしようもなくときめいて、わたしはすっかり彼のファンになってしまったのである。

「 これなに?」

ひそひそ声でそう声をかけられた。木兎くんがシャーペンをくるりと回して示したのはわたしの筆箱についたキーホルダーだ。おむすびくん。ちなみに辛子明太子バージョンだ。

「お腹すく」
「木兎くん いつもお腹すいてるでしょ」
「 よく知ってんな」

はらへったーと休み時間のたびに項垂れる木兎くんの声は大きいので、よく知っている。それだけじゃないけど、もちろん。わたしが彼を気にしているから。
梟谷高校男子バレー部の試合は、毎回欠かさず行っている。木兎くんは自然な流れで部の中心にいた。

「 苗字は少食だよな」
「そんなことないよ …ふつう」
「 もっと食えよ ちっせえし折れそう」
「お、折れそう…」

木兎くんはノートにすらすらと板書をしながらわたしへそんなことを言った。冗談かと思ったけれど、思いの外本当に心配してくれているようだ。お弁当の量を増やそうかなと素直に考えていると、木兎くんがいつの間にかかわたしのほうを見ている。

「 毎回見つけるの大変なんだからな」

頬杖をついた木兎くんの口元に、うすい笑みが浮かんでいる。

「 ……なにが?」
「試合」
「 、気付いてたの?」
「 うん」

後ずさりしたい衝動に駆られたけれど、うしろは窓だし今は授業中だ。まばゆい光に息が詰まる。木兎くんがわたしのおむすびくんを指先で弄びながら口を開く。

「俺目当てだったらいいのになーとか 思っちゃうんだけど」

これは知らない顔、だ。
友達とふざけ合うときの笑顔でも試合中のチームメイトとの笑顔ともちがう。
わたしの心臓はばくばくと異常なほど存在を主張してくる。止まってしまうのではないだろうか。木兎くんの笑顔に、殺されてしまう。

一笑一福