本当に魅力的な男性というのは、見てくれではなく態度や言動で決まると私は信じている。だから友達がどれだけ及川徹先輩のことをカッコいいと褒めそやしても、みんなと同じように騒ぎ立てることはプライドが許さない。たとえ彼がどんなに端正な顔立ちで、女子に対して分け隔てなく優しかったとしても、だ。

「名前も行こうよ、バレー部の練習観に」
「いいよ、興味ないし。それに大勢で行ったら練習の邪魔になるよ」
「ならないよ!むしろギャラリー多い方が、及川さん嬉しいんだって!」
「何それ…」

周りからチヤホヤされるのが楽しいのだろうか。そういうの、あんまり好きじゃない。

結局そのまま話は流れて、私以外の友達はみんなバレー部の応援に行くことになった。…まあいいか。まっすぐ帰って宿題でもしよう。

「あ、ちょっと待って」

そのとき、みんなの後ろを少し気まずい思いで歩いていると、誰かに腕を掴まれ引きとめられる。え、と思って振り返ると、

「…!及川先輩…!」
「これ、君の?落としたよ」

そこには噂の及川徹先輩が間近にいて、にっこり微笑んでいた。近くで見ると、ますます顔立ちが整っていることがよくわかる。先輩は男の人とは思えないほど綺麗な手で、私のハンカチを差し出していた。

「…?あれ、ごめん。違った?」
「!い、いえ、私のですっ。あ、ありがとうございますっ」
「そんなかしこまらなくていいよ。…あれ?」

先輩は小首をかしげ、私の腕から手をはなす。触れられていた部分が火傷したかと思うほど熱かったので、正直ほっとした。…のも束の間、今度はその指先が私の胸元に伸びてくる。ちょ、ちょっと!!

「せ、先輩!?」
「ああ、動かないで」

吐息がかかるほど先輩の顔が近くて。すぐに近くにいるはずの友達が騒ぎ立てる声が遠くで聞こえる。私はそれどころじゃなく、すこしかがんで胸元のリボンを結び直しているその姿を、穴があくほど見つめていた。しゅるりと丁寧に形を作っていく指先は、とても繊細で、それでいて私のすべての感覚を奪い去るほど強烈だった。

「…できた。完璧」

きゅ、きゅ、と形を整え、満足そうに微笑む。首を反らして見上げなければならないほど、先輩は背が高い。私は何も言えず、色素の薄い彼の瞳を見つめることしかできない。

「リボン、ほどけてたよ」

いきなりごめんね、と爽やかに手を振り去っていく。ゆらゆらと揺れるその指先を、さっきまで私に触れていた指先を、憑りつかれたみたいに見ている。

「ちょっとぉ名前!アンタ及川先輩と知り合いだったの!?」
「えー、羨ましい!あたしも先輩にリボン結んでもらいたーい!」

先輩の背中が見えなくなったあと、みんなが私を囲んでアレコレしゃべり出す。適当に相槌を打ちながら、やっぱり私は彼の指先を思い出していた。そして、これまでの人生を支えてきたささやかなプライドがグラグラ揺らいでいるのを、確かにこの目で見ている。

「…やっぱり、私もバレー部の練習観に行っていいかな」

そう口にした途端、微笑む及川先輩の指先が、私のプライドをつついて粉々にした。目も覆うほどの大惨事だが、不思議と嫌な気持ちがしないのは何故だろう。ちなみに私がこの気持ちの正体を知るのは、少し先の話だ。


(あなたはその指先で、私のすべてを奪っていった)

指先殺人