時刻は20時を回ったくらいで、12月の夜は暗くて寒い。昼頃に降った雨の名残が、それに拍車をかけている。
今日は、スタフェス当日の演出に関する最終確認を、色々なグループに取りに行かなきゃならなくて。それで、すっかり帰りが遅くなってしまった。そんなわたしを、最後に担当したグループのリーダーである零さんが、家まで送ると申し出てくれたんだけれど。

「はて。嬢ちゃんのおうちはこっちじゃったかのう」

「そうですよ。もう忘れちゃったんですか?」

口ではこう言っていても、本当のことを言えば、向かっているのはわたしの家があるのとは違う方角だった。

「すまんのう。ほら、我輩おじいちゃんじゃから。忘れっぽくなってるようじゃわい」

それでも、大抵の場合誰にでも甘い零さんは、わたしに付いてきてくれる。きっと薄々勘付いているのに、わたしの都合に合わせてくれている。

「あはは。また、晃牙くんに、ボケ老人って言われちゃいますよ」
そんな優しい零さんが大好きだ。

「もうすぐ、この道の突き当たりを、左に曲がったところがわたしの家です」

堂々と嘘を吐いて、ぐんぐん足を進める。そうしていればやがて、深い暗闇の中、そこだけ明るい光の小道が現れるのだ。

「おお、これは……綺麗じゃのう」

「えへへ、そうでしょー。ここ、零さんと一緒に来たかったんだぁ。だから、ちょっと回り道しちゃった」

学校帰りに周辺を散策していた時、偶然見つけた場所。この通りに立ち並ぶ家々の主人は、皆競い合うようにして、豪華なイルミネーションで自分の縄張りを飾り立てているのだ。色とりどりの電飾が巻き付けられたクリスマスツリーに、庭に設置されている、トナカイや雪だるまを象った大小様々のモチーフライト、窓枠から氷柱が垂れ下がっているような、白銀のLEDライト。それらが、丁度今日お誂え向きにできあがった水溜りに映し出されて、辺り一面、光の雨が降ったように明るく輝いている。そして、その中に佇む零さんは、思った通りに絵になっている。
世界で一番きれいだなぁと思う。
わたしはこれが見たかったんだ。ステージに立って、照明の光の中できらきらしている零さんも素敵だけれど……でもそれは、ファン皆で共有している景色。わたしはわたしだけの、わたししか知らない零さんが欲しかった。
イルミネーションに見惚れる零さんの背中に、恐る恐る抱き着きついてみる。見かけ通りに細い体。こんなに寒いのに、回した手には汗が滲み、心臓は微かに高鳴っていた。

「……こら、我輩、仮にもアイドルじゃから。誰かにこんなところを見られたら、困ってしまうぞい」

「はぁい」

零さんが、わたしの手に自分の手を重ねて、離れるよう促してくる。わたしは零さんの体の前で組んだ手を、素直に解いた。だって、零さんに嫌われたら生きていけないし、わたしのせいで零さんの評判が落ちるなんてことになるのも、やっぱり嫌だから。

「ああ、そんな顔をせんでおくれ」

こちらを振り返った零さんが、申し訳なさそうに眉を下げながら、わたしの頭を撫でてくれる。それがますます、わたしを切なくさせて堪らなかった。