▼彼は確信犯



「陽介」

「ん?」


振り向いた瞬間。
目の前に見えていた綺麗な夕日は綺麗な彼の顔のアップに入れ替えられて。
驚く間もなく唇が感じた感触で体は固まった。


「っ!?な‥っ」

「ヘンな顔」

直ぐに離れた彼は何食わぬ澄まし顔で微笑湛える。
どうしていつも彼はそんなに冷静なんだろうか。
時々こんなにも心臓を喧しくさせている自分が虚しくさえ思えて苛立ちずにはいられない時がある。

自分の唇が少し湿り気を帯びている。
そう感じた瞬間慌てて周囲を見渡した。
幸い人は見当たらない。

「お、おおお前なァ…誰か見てたらどうすんだよ!?」

「誰もいないけど?」

「い、いてもいなくてもなぁ!」

そんな落ち着いた言葉のやり取りをしたいんじゃない。
これはモラルとかそういう常識的な事を言っているんだ。
肝が据わっている、と言うより彼は単に鈍くて無自覚なんだろう。
そんなところも好きだからなんて絶対に言ってやらない。悔しいから。

すると彼はふわりと笑う。
本当にそれこそ天使の羽根でも舞うんじゃないかってくらい軽く優しく。

「先手必勝、やったもん勝ち、な?」

「…お前俺で遊んでんだろ?」

「うん、だって面白いし」

「‥お前は面白くても俺は心労絶えねぇよ…」

悪びれもしない言葉が素直すぎて眩しすぎる。
一気に疲労感が増して肩を落とし俯いた。

面白いって何だよ。
玩具じゃないんだ。
振り回されて手放されて次に触れられるのをじっと黙って待ちながら自分を押し殺せる無機物なんかじゃない。
色んな感情で悩むんだ。

彼を好きでいる理由が一瞬分からなくなった気がした。
けれど、直ぐに分かってしまう。

玩具がただ遊ばれることを幸福とするように。

自分も、きっと。


恥ずかしいからそれ以上は考えてやらない。


無言が続いては不安になるのも可笑しな気分だけど。
それでもやっぱり心配で彼を窺おうと顔を上げようとした時、声がした。


「……ごめん」

「え?」

「お前の気持ち考えなかった‥ごめん」

勢い良く顔を上げれば彼の陰を落とした表情があった。
それは相応な反省の色。彼は時折ふざけも過ぎるから少しはこちらの徒労を思い知るべきだと思うのに。
途端に焦り出す自分の胸の内が彼にそんな顔をさせるなと叫ぶ。

そう、自分は彼のこの顔が酷く苦手なんだ。

「え?えっ…や、違っ…いや、違わないけど、そうじゃなくてっ」

「…」

何故自分が弁解を諮っているんだろう。
どうしてこんなに自分は必死で、まるで彼に嫌われたくないと見限られるような恐怖を感じているんだ。
彼が何も話さなければ話さないだけ胸が痛い。
自分は悪くない筈なのに自分がいけないようで焦る。

「お、おい‥」

「…」

「悪かったよ」

言ってからしっくりこない違和感を感じてもまだ足りない気分だ。

頼むからそんな悲しんだ顔をしないで欲しい。
苦しくて仕方がない。

すると彼は落ち込んだ顔で近づいては見上げるように覗き込んできた。
無駄に、近い。周囲が気になる。


「‥じゃあこれからもして良いか?」

「え…あー‥うん…別に嫌いとかなんじゃなく…っン」

控え目に弱く吐露された彼の言葉に一瞬戸惑う。落ち込んでいるのにちっとも遠慮がないじゃないか。
呆れるが憎めない。
嫌いじゃないが許してしまったら自分の尊厳が何処かへ消えてしまいそうだ。
けれど彼の笑みが見れるなら一刻も早く頷いてしまいたくもある。
もう訳が分からない。

そんな風に素直になれない自分のまごついた曖昧な言葉は既に途切れていたのに、自覚するまで妙に時間が掛かっていた。

再び目の前が暗くなって。
今度は少し長かったから良くわかった。
彼はやはり綺麗で良い匂いがするだなんて考える余裕さえ出来る。

けど、それとこれとは別じゃないだろうか。


「っ!!」

「良かった」

「や…だ、だからって…」

離れた彼の顔は自分が望んでいた笑顔だ。
普段は落ち着いた大人な顔な癖にたまにこんな無邪気な顔をする。しかもそれが見れるのは自分だけだから、悔しいのに何も言い返せない。


「お前さっきの演技だろ‥」

「ん‥何のことだ?」

「…はぁ」

答えた彼のその爽やかな表情から真意が掴めない。
恐らく半々なんだろう。
どちらに傾いていても質が悪い。



嗚呼、夕日が真っ赤で良かった。


きっと俺の顔も真っ赤だろうから。






(こんなん勝てるワケねーよ)


10/06/09.
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