▼勉強しようよ 「何だよ?」 「ん?いや、別に」 ここは珀の家。 正確には彼の叔父の家、その一室にて。 先程から繰り返されている会話に終着点は見えず。 一方は不満げに。 もう一方は満足げに正反対な顔を付き合わせている。 今、彼らに迫る抗いようのない運命、その名も中間考査。 彼らがどんなに外で事件解決の為頑張っていようとも、決して免れる訳のない恐怖のイベントは日々の探索との両立が難しいと少なからずも漏れる本音。 特に陽介は肉親が経営する店の手伝いまであるにも関わらずの探索スケジュール。 加え極めつけにお約束かのような勉強不得意とくれば、彼の首は瞬く間に締まっていくのだった。 しかしそんな陽介には頼もしい救世主が味方にいる。 友人でありそれ以上の淡く初々しい想い寄せ合う仲間、珀の存在だ。 彼は持ち前の器用さで勉強も何のその。 時折陽介が少々妬みたくなるくらい珀は勉学とそれ以外を要領良く行動している。 そんな彼の力に頼りきっているのが陽介。 毎日授業で指されては珀を頼る陽介を快く助ける彼を陽介は完全に信頼している。その信頼の元、実に自然な流れで陽介はテスト勉強も彼に頼った。 勿論珀はそれを承諾するので、2人はテスト前の放課後を殆ど一緒に過ごしている。 隣同士座り小さなテーブルに教科書やノートを広げて黙々と。 その距離と空気は公共の場所で取り組むよりもずっと近く温かい。 それを珀に気取られぬよう陽介はそっと噛みしめていた。 テストは死ぬ程嫌なのに、その日が迫るまでのこの期間が堪らなく好きになってしまった。 そんなことを考える自分を我ながら単純な奴だと思いつつ、照れ隠しなのか陽介は無闇に意味もなく開いていた教科書に集中しようとしているが、全く集中出来ている様子ではない。 それは実のところ珀も同じだった。だが彼が陽介と唯一違うところは勉強は出来ているという事。 勉強に悩む陽介に出来る限り教えることこそが珀にとって今最も集中すべき事に優先される筈ではあるが、彼自身の中でそれは最早集中がどうのの話ではなかった。 珀にとって勉強会は絶好の陽介観察時間である。 勉強を見てやると銘打って堂々と彼を眺めていられるのだ。これ程珀にとっての至福はない。 心置きなく悩ましげな陽介の事が見つめていられることに珀は自然と笑みを零す。 しかしそれに陽介が気付かない筈はなく、熱烈な珀の視線に陽介はペンを動かす指先さえも緊張させ、とうとう口を開いたのだ。 陽介の少し呆れるような声に珀はテーブルに頬杖つきながらあっけらかんとした顔で首を傾ける。 「別にって‥さっきから人のことジロジロ見といてそれはないだろ」 「そんな見てたか?」 「…」 珀は特に意識などしていたわけではないので陽介の言葉を聞いて少し考える。 自分が見ているだけでそこまで集中を欠くだろうか。 そこまで考え珀は少しだけくすぐったい心を隠し、黙る陽介にどこか悪戯気味に微笑した。 「そんなの気付くくらい陽介も俺のこと気になってたんだ?」 「ちっ…違げーよ!」 珀が言えば分かりやすく顔を真っ赤にさせて怒る陽介に、珀は何故そこまでの反応をみせるのかと可笑しく思いながら、嬉しいとでも言いたげに軽く彼の髪の毛に触れて小さく笑った。 「可愛い」 「嬉しくねーし」 髪の毛から頬を指先で撫で陽介の顔をもっと間近で見ようと珀は彼に迫った。すると陽介はふいとそっぽを向く。 それでも気にせず珀は今度は陽介の頭を撫で始めた。 「撫でんなよ」 「撫でたいの駄目か?」 「だっ、ダメじゃねぇけど‥」 陽介のムスッとふてくされたような声に珀は彼の顔を下から覗き込みつつ少し寂しそうに首を傾げてやる。 真っ直ぐと陽介を見て来る珀の瞳は陽介に鳥肌を立てさせる程澄んで美しい。 それに魅了されていると思いながら、同時に彼の意識が全て自分に注がれている事実に喜悦を感じている自分が陽介には恥ずかしかった。 「何でお前は俺をそんなに甘やかそうとすんだよ」 「悪いことか?好きなヤツを甘やかすことって」 「〜っ‥」 目は合わせず持っていたペンを何度も回しそれに目線をやりながら陽介が零す。 嬉しくて仕方がない自分の気持ちとは裏腹な陽介の言葉。けれど嬉しすぎて浮かれているからこそ更に確かめたくなる、それは恋人故の我が儘で。むしろ恥ずかしいのはそんな気持ちを抱いている自分だと陽介は思った。 珀は目を丸くしていたが直ぐに何の迷いもなく返してくる。その答えは胸がむず痒くなるくらいにストレート。 しかしそれを当然だと心のどこかで感じていると思う、自分の緩む口元を何とか抑えまいと陽介意味なく辺りを見回した。 陽介は必死に誤魔化そうとしていたがそれを既に見透かす珀は可笑しくて愛しくて仕方がない。 「困らせることも好きだけどな」 「嫌な趣味だ」 分かりきった上で爽やかに笑みを見せる珀は再び陽介の頭を撫でる。 嫌そうに陽介は呟いていたが今度はもう、明らかに拒否するような言葉を吐くことも抵抗を見せることもしなかったのに、珀はただ笑っていた。 そんな彼らの今日の勉強が、果たしてはかどっていたかは秘密。 好きだよ (ずっとこうしていたいな) |