▼知りたいこと


それは、ようやく怒涛のような混乱と出会いを己の中で消化しそれらに自分を順応させ始めた頃。

いつものようにベルベットルームを訪れた桜を迎えたテオドアが彼女の今後の成長に役立てられると用意したという依頼の話。
それを聞いて桜はどんなものかと今現在選べる依頼一覧に目を通していると、気になったものがあった。
それは桜達が暮らす世界、この部屋から一歩出た所謂“外”に関するもの。
特に案内をして欲しいと言う依頼が桜は気になる。聞けばそれらだけはテオドア個人の依頼なのだとか。
閉鎖空間でただ客人を迎えるだけのこの部屋の住人は外を知らない。それが仕事だと割り切りつつも本音はやはり気になるものらしい。

「こっちの世界を、ですか?」

「はい。是非とも」

桜がテオドアを見上げれば彼は心なしか少し楽しそうな声で返す。
確かにずっと同じ部屋にいたのでは退屈の毎日だろうと思えば、桜は彼らのことを考え少し不憫に思い、自分に協力をしてくれる人の願いが自分に叶えてやれるのならと桜は快く了承をした。
そして彼女が先ず手始めにと案内依頼を選択すると、テオドアは嬉しそうに微笑し一礼する。

「まぁ良いですけど、ただ私もこっち来たばかりだから上手く案内出来るか‥」

「構いません。私が一番に見たいのはそちら側にある、この部屋には無い物達の存在ですから」

「そうですか‥なら」

「有難う御座います」

引き受けるのは構わないも実際自分自身がつい最近慣れ始めた街を自分が案内できるのか桜は迷いを見せる。
だがテオドアがそれは嬉しそうに期待の旨を話すので桜の不安はそれに呑み込まれ、まぁどうにかなるだろうと彼女は適当に笑って頷くと彼は深々と頭を下げた。

* * *


そうして桜が特に予定の無い放課後。彼女は早速テオドアに外を案内することとなる。
テオドアが目にする初の外界風景はポロニアンモール。ベルベットルームの扉も近いある意味近所からの案内となった。
モール内を見回すテオドアの瞳は花が飛びそうな程輝きに満ち、その顔は綻んでいるのを少し唖然と見つつも桜は穏やかな笑顔を見せる。
桜は内心こんなに整った顔立ちと少々どころではないくらいに目立つテオドアの服装に周囲の目が気になったが、今日は幸いにも人はまばらに少なく桜はこれならば堂々と案内が出来ると安堵していた。
そんな2人はとりあえずテオドアが気になっているものから順に回ることにする。

そこで桜は意外過ぎる彼を知ることとなった。


「テオさんそれは、噴水で‥っ」

「嗚呼、素敵ですね。この見事に造り込まれた造形の美しさに延々と水を排出する神秘…おや?桜様、あちらは何でしょう?」

「聞いてるのかな…って、ぇえ?わわっ」

「さぁさ、次はあちらへ行きましょう!」

何度か説明をしてみてもイマイチ正しく伝わりきれてないような可笑しさ感じながらテオドアに腕引かれ桜はよろけつつぼやく。

無知とは聞いていたがまさかこれ程とは誰が予想していただろう。
テオドアは一見聡明にどんな知識も蓄えて見えていた桜だったが、その見たことのないはしゃぎ振りとどこからの入れ知恵なのか驚かざるを得ない間違いだらけな彼の事前情報達に、彼女は案内開始数分足らずで振り回された。
間違いを緩く指摘すればテオドアはさも知っていたように胸を張って見せ、正しく情報を教えても何故か一直線に伝わらず何かが色々と追加削除されながらの伝達で桜は1回の返しを数倍にして返さなければならず彼女の言葉は異常に増えていった。


「あの様な大型の箱に小さなフロストが沢山‥あれは氷製造機、もしくはジャックフロスト量産機でしょうか…大変興味深い」

「えっとですね…‥あぁもう、まさか全部いちから説明が要るなんて」

ゲームセンター前のUFOキャッチャーとその人だかりを眺めながら唸るテオドアに桜が半ばぐったりとする頃合い。
最早説明せず頷いておくだけでも良いかと思いながら桜は真剣に眺めるテオドアを横から眺めていた。
天然と純粋が組合わさると対応する者にはこうも疲労が増えるのかと桜はため息つく。それでもベルベットルームにいては気付く事が出来なかったであろうテオドアの一面を見れたことに無駄はなかったと微笑む桜の瞳は、まるで無邪気な子供を見守る母親の眼差しのように優しくなっていた。

そうして一通り一応の説明と見学を終わらせた2人はベンチに腰掛けて休む。
座った途端へにゃりとくたる桜をよそにテオドアは全く疲れ見せることもなく、礼儀正しくきちんと座って今までに見てきたもの達をありありと回想しては惚けているようだった。


「それにしても素晴らしい‥此方の世界は広く深いようだ。私の興味を尽かせることのないこの魅力…まだまだ有りそうですね」

見るもの聞くもの全ては今までに知っていたものとは異なる不思議なことばかり。
その真新しさは今まで気付かず実は小さかったテオドアの知識の領域を急速に広げたらしく彼は俄然興奮覚めやらぬといった感じだった。
流石にそこまで喜ばれれば桜も疲労し案内した甲斐もあるかと笑う。

「そんなに喜んでもらえたらみんな光栄ですよきっと」

「…」

「何ですか?」

テオドアの隣でふんわりと微笑む桜に彼はいつか感じた動悸を一瞬感じる。
静かに自分を見つめてくるテオドアに桜が首を傾げても反応が薄かった彼の意識は今、自身の心と向き合っていることに彼女が気付く筈はない。

自分の願いに快く付き合い案内してくれたこの少女をテオドアは見学中も目を離さなかった。
自分に必死に教えてくれる少女の顔は慌てたり焦ったり。はたまた困ったり、驚いたり。そして笑う顔を、何より多くテオドアは見ていた自分に気付く。

確かに外を知りたかった筈の自分。
しかし今まで一度もその世界へ足を出そうとは思わなかった。

なのに今更、何故。

テオドアはその理由を目の前で微笑んでいる少女見つめながら考え、曖昧にぼやけている自分の心を探していた。


自分が知りたかったのは知らない世界と、もうひとつあるのだと彼の心は少しずつ訴えて。

しかしその真実にはまだ靄が少しまとわりついているから彼自身にはまだ遠い。

それでもテオドアの言葉は純粋が故、無意識に素直だった。

「やはり此方にくれば貴女はその様に表情豊かになるのですね」

「え?」

さらりと吐き出された言葉は風のようにふわりとし過ぎて、桜は聞き落とす。
彼女が聞き返すもテオドアは何も言わず微笑んで立ち上がった。

「さぁもう陽が暮れます、そろそろ戻りましょうか」

「は、い…」

「お手を」

「えっ!」

テオドアが振り返り微笑すれば彼に満足はしてもらえたのかと感じ取れただけでも良かったと桜も自然と笑った。
しかしその後直ぐに差し出された手に彼女はまた慌てるのである。










(それは、私が知りたかった
こと)



10/05/06.
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