▼気になる ―それは彼の人となりなのだから仕方のないことで― 「何で怒ってるんだ?」 「怒ってねーよ」 返事はごく普通。 けれども明らかに態度は素っ気なく言葉に棘を感じる。 それはここ数日。 珀が新しい生活とそれをかき混ぜるように突如やって来た事件達にもそれなりの慣れを見せ、毎日は充実と言う言葉だけでは言い表せぬ程忙しいと思える頃。 共に事件に立ち向かう仲間である1人、花村陽介の異変に珀が気付いたのは遅かった。 出会いはじめ共に戦いはじめの頃は誰よりも張り切る様子を見せ珀を引っ張るように、それは暇なく彼に付きっきりだった陽介。 しかし最近彼の様子は明らかにおかしかった。 珀が彼に声を掛けると会話はあまり続かず、戦闘中も普段は良くした筈の追撃合図も極端に減り淡々とこなす日々。 分かり易く自分を避けている陽介に珀は苦笑いしつつ、 避けられる理由が見当たらなければそれを知る権利はあると、遂に陽介を捕まえ今は屋上で問いただしているところだった。 「明らかに怒ってるだろ」 「…」 珀の言葉に隣に座る陽介は俯いて黙っている。 それを見てはどうしたものかと珀は小さくため息をつく。 すると珀のため息に心が不安げに反応した陽介はようやく口を開いた。 「昨日…」 「え?」 「どこにいた‥?」 やっと聞けた陽介の声に珀は俊敏に我に返ったような反応をして彼を見る。 陽介の突然の問いに珀は戸惑いながらも考えた。 「あー‥っと、天城と川原の近く、か?」 「その前は?」 「え?確か…里中と‥」 「…」 珀が思い出しつつそこまで言い切り陽介を見ると彼は再び俯いていた。 他者と関わりそこに築かれる絆が自分の力になると知ってから、珀はより多くの人間と交流するようになっていた。 それが彼の日々の忙しさの理由とも言えるが、それは大切な事であり何より彼自身が人と関わる事に仄かな楽しさを感じ始めた為苦ではない。 よって珀は毎日のように代わる代わる様々な人達と知り合い親交を深めていた。 しかしそれを、初めに親しくなり絆は誰よりいち早く積み上げ側にいるようになった人間はどう思うだろうか。 今まで珀と共に、常に彼の1番側にいて戦い生活してきたと思う陽介は彼の目覚ましい交流の幅に複雑だった。 疎ましいとまではいかなくとも珀を取り巻く自分以外の人間達の豊富さ、そして何より珀が自分以外に向ける楽しそうな表情に、陽介は言い得ぬ疎外感を感じる。 そしてそれが意味し出す答えは容易く、分かり易い自分の感情にひとり苛立ちを覚えていたのだった。 再び黙った陽介をじっと見つめ珀はそこまでで何となく彼の言いたいことを理解し始めていた。そして自分が周囲に目を奪われ過ぎていた結果としてのこの状況は自分に非があると確信すると珀は切なくなる。 決して陽介を置いてけぼりにした訳ではない。しかしそう感じさせてしまった自分がいる。それ故に珀はそれをぬぐい去る方法を必死に考えた。 自分は愚かだがいつだって彼を想わない日はない。 それだけは変わらぬ事で。 ならそれを伝えるべきことが自分の誠意であると、珀は思った。 「陽介」 珀は沈んだ表情のままの陽介の頬にそっと指先で触れる。 陽介は微かに動いたが此方は向かない。 珀はそんな彼を優しい瞳で見つめながら続けた。 「ごめんな‥お前をひとりにさせる気はなかったんだ」 「‥」 ゆっくりと穏やかに珀の声は陽介を包み込む。 その温かさに陽介はやっとまともに彼を見た。 そこには自分の頬をころころと馴らすように撫でながら申し訳なさそうに微笑んでいる珀の顔。 自分を確かに想い向けるその顔を見ただけで、陽介の心は強く焦がれ熱く締め付けられる。 それが答えだと陽介は感じ一瞬で心落ち着くのを感じながら。 「これからはもっと…」 「いい」 「え?」 珀が言いかけるのを陽介が遮った。陽介は目線を下に向け泳がせながら何か言いづらそうに口を動かしている。 「良いから…お前のせいじゃない‥ごめん、俺が変な 嫉妬、して…」 言葉の終わりは消えそうに小さくなりつつ陽介は言った。彼の頬に触れていた珀の指先は陽介の少し上がった熱を感知する。 陽介は照れなのかまだ堅い表情で顔を背けた。 言いたくなかった自分の醜い程止まぬ好意。 陽介は恥ずかしさと格好の悪さに唇を噛んだ。しかし珀はそんな陽介が可愛くてより一層笑みは隠せない。 「陽介」 「ん‥」 珀が空気に溶けるような穏やかな声で陽介を呼ぶ。 陽介が顔を上げた瞬間彼の額に何か柔らかいものが触れ、気付けば珀の笑顔が陽介の視界に広がっていた。 「好きだよ」 「ん、俺も…」 いつの間にか笑いあって2人はずっと遠くの夕日が落ちる景色を眺めていた。 やきもち (時々、だから) |