「おーい倉間!ボールいったぞ!」

「…え、ブフッ!」

太陽がきらきら輝く爽やかな朝。車田先輩の、シュートではないかと疑うくらい強いパスを見事に顔面キャッチした俺はあまりの痛さにその場にしゃがみ込んだ。しかしそんな俺を見るなり当てた張本人である車田先輩の口から出た言葉は「ぼさっとすんな」の一言。鬼かこの人は。しかし非があるのはよそ見をしていた俺の方なので何も言い返すことができない。それでもいつもはよそ見なんて有り得ない俺がこんな失敗を犯すなんて珍しいことだ。何故そんな俺が今日に限ってボールを顔面に食らったかは、遠くの昇降口でこちらをガン見している名字を見ればわかるだろう。言いたいことは一つ。なんであいつがあそこにいる。
本人は隠れてるつもりらしいけど姿見え見えだから、バレバレだから。しかもなんか笑ってるし。クソ、後で覚えてろよ。

「あははは、倉間鼻赤くなってる!」

「るせえこっち見んなバカ!」

ゲラゲラとお腹を抱えて笑う浜野と、その後ろで口を抑えながら肩を震わせ一生懸命笑いを堪えている速水に一喝して鼻血が出てないか確認する。速水は兎も角浜野にまで馬鹿にされるなんて俺も終わったな、なんて思いながらあいつのせいで妨げられていた集中力がようやく戻りそうになったところでピリリリと休憩合図の笛の音が鳴り響く。疲れ果てた部員達は、マネージャーがドリンクを持って待機しているベンチにヨロヨロと向かっていく。俺もその中に混じりながらマネージャーからタオルとドリンクを受け取ってすぐさまドリンクに口をつけた。

「お疲れさーん、さっきはすごい当てられっぷりだったね倉間!」

「うるせえ、ちょっとぼうっとしてただけだっつの」

「でも倉間くんがぼうっとしてるなんて珍しい…」

「あっそれ俺も思った!」

こいつらあんなに見られておきながらよく気づかねえな、なんて呆れ半分に関心しているとあいつがいつの間にか近くの針葉樹の所まで来ていて俺と目が合うとびくりと肩を揺らしてサッと木に重なった。いやバレバレだって。
しかし何故サッカー部でないあいつがこんな時間に登校して練習風景を覗いているのだろうか。
もしかして今続出している男目当てのマネージャー志望か、なんて考えたけどあいつの性格から男目当てというのはまずないだろう。他に理由は思い浮かばないし、とりあえず聞いてみるのが一番早いと考えた俺は「ちょっと涼んでくる」と二人に伝えて立派に茂っている針葉樹の元まで走った。後ろにいる俺に気づかず(どんだけ鈍感なんだよ)真っ直ぐな無邪気な瞳でグラウンドを見ているこいつの俺より長い足に、びっくりさせようと音を殺してこの間浜野にやられた膝かっくんとやらをしてみる。するとまあ言わずもがなどんくさいこいつをいつものような間抜けな声をあげてがくりと崩れ落ちていく。

「大丈夫か?手貸してやるぜ?」

「いえ…ご遠慮させ、て…いただきま、す…」

お前がやったんだろうが、と言わんばかりの目で俺を見ながら名字は木を使って自力で立ち上がる。まあ手貸してって言われても手貸す気はなかったけど。

「なんで…倉間くんさっきまであそこに…」

「ま、瞬間移動ってヤツ」

「いやないですから」

ちょっと冗談言っただけなのにそれだけでくすくすと笑う名字。昨日まではあんなウジウジしてつまらなそうな顔してたくせに、よくわからない奴。
ネガティブになったり暗くなったりしたと思ったらいきなり明るくなったり積極的になったり、そんでまた暫くすると消極的になったり、怒ったと思ったらいつの間にか機嫌直ってて、ホント速水みたいだ。まあまだ2日3日しか話してないから何とも言えないけど。

「てかお前なんでサッカー部の朝練見てんだよ、マネージャーやりてえのか?」

「そそそんな滅相もない!ただ私は見るのが好きなだけで…あっあの、勿論ストーカー的な意味じゃなくてですよ?」

意味がわからなくて、思わず見るのがすきい?と反復すると少し恥ずかしそうに目を逸らして肩をすくめる名字。

「…なんかよくわかんねえけど見たいならあそこで見ればいいだろ」

あそこ、と俺が親指でさしたのはマネージャーの座っていない方のもう一つのベンチ。少し日が当たるけどあそこはほとんど誰も座らないし見晴らしがいいため名字には丁度いい席だと思う。別に日焼けとか気にしないだろうしなこいつ。

「えっそんな、私みたいな部外者邪魔になっちゃうと思うし、」

「大丈夫だって、つーかそんな所でコソコソ見られてる方が苛つくし」

「で…でももしマネージャーの人達に見つかって"何よあいつ"みたいな雰囲気になってそれが発端でいじめられたりしたら…もうパシリなんてもんじゃないくらいこき使われて蹴られたり殴られたりして不登校になってそれで…」

「あぁああもうごちゃごちゃうるせえよ!とりあえず来ればいいんだよお前は!」

どこかで見たことのあるネガティブっぷりに呆れながらその腕を無理やり掴んでずんずんと前に進むと後ろから泣き言が聞こえてくるけど全く耳に入れず弾いていく。まったく昨日の威勢はどこにいったのか。

「あ、あのっあのぉ…」

「あ?」

「ててて手がっ、手がっ」

「あー、わり」

別になんとも思わないでいた俺とは反対に相当パニクっていたらしい名字の手をぱっと離してやるとふうう、と情けない声を発していたので少し笑ってしまった。ほんと変な声ばっか出すなこいつ。
少し喋っていたらまた渇き始めた喉を潤そうと俺はドリンクを口に含んだ。その時だった。突然あいつの「ハヒィイ」というお馴染みの奇声が聞こえたと思うとそのままドスッとものすごい力で背中を押される。そうすると必然的にドリンクががぼっとすごい勢いで俺の喉を潜ってむせかえり、ボトルは手から離れて中身はユニフォームに飛びかかりそれはそれは悲惨なことになるわけだ。後ろで尻餅をついて震えている小動物を自分でもわかるくらいすんげえ睨みつけてやると「ヒィイイ」と悲鳴をあげてスミマセンスミマセンとお経のように何度も呟く名字。

「お、い、ゴホッ」

「ハイッ!なんでございましょうか!」

「なんで押したんだ?」

「むっ虫が!芋虫が私の腕につっつくっつ、くっくっついてですね!!」

「へー、で何?このびしょびしょになったユニフォームはどうしてくれんだよ?」

「ごごごごめんなさいわざとじゃ…」

「ごめんで済んだら警察はいらないって聞いたことねえの?」

「すっすみませんすみません私お金は持ってなくてすみませんなっ何でもします!何でもしますからっ…」

そこで名字はハッと我に帰りしまったと言わんばかりに口に手を当てる。何でもする、というとてもいい単語に俺は頭を巡らせて首を捻っているとある事が浮上して思わず口元が緩んだ。

「…本当に、何でもしてくれるんだよな?」

「…ハイ」





110801 / しつげん