並木道を出て家の近くの大きな川が見えてくる。別に有名な川でもないし、水は汚く深緑色に濁っている上、雨の日は臭いのであったところで正直迷惑なだけである。しかし雷門の生徒はここらへんに住んでいる人が多くよく登下校中にクラスメートと会うことが多い。特に車田先輩とは家が隣の隣の隣なので時間さえ会えば学校まで二人で登校なんてこともある。そこまで仲良くもないから気まずいだけだけど。 何もない寂しい道を一人でゆっくり歩く。帰ったら何をしようなんて平和なことを考えてぼうっとしていると、道の端っこである物が目に入って自然と足にブレーキがかかった。しゃがみこんで丸くなりながらブツブツと独り言を呟いているそれは見覚えのある背中で。 「おいそこの不審なパシリ」 「はっハヒィイイイ!!すっすみません別に虐待とかじゃなくて私はただ可愛いなと思って撫でてただけ、で…ってあ、れ…」 そいつは意味のわからない叫び声をあげた後俺の方を見ると安心したように「よ、良かった…」と胸を撫で下ろした。 「動物愛護団体かと思ってびっくりしました…」 「いやこんな所にいるわけねえだろ」 「そ、そうですよね…」 なぜ突然動物愛護団体が出てきた、と思って名字の視線の先を追ってみるとそこには速水みたいに細っこい体をした黒猫が首を傾げて大人しく座っていた。こりゃまた如何にも女子達が「可愛い〜」とか言ってきゃぴきゃぴ騒ぎそうな。そう思うと共にさっきの独り言は全てこいつに話しかけていたものだったのかと納得する。 俺のことなんて気にもせず定番の猫じゃらしなんかを使って猫とじゃれあっている名字と猫を見ていると周りには毛糸玉だとかキャットフードだとか色々な猫グッズが置かれていたのに気づいて思わず「ふはん」と笑いが漏れた。 「なんだ、友達いなくて猫と仲良く遊んでたのか」 「なっ!?わ、わたしは…たまたま通りかかっただけで…」 頬をひきつらせ必死に首をブンブンと振るそいつはまさに「図星です」と言っているようでおかしくなる。 「たまたま通りかかった奴がなんでキャットフード持ってるんだよ」 「うっ、こ、これは最初から置いてあったんです…べっ別に、捨て猫だったみたいだけどうちアパートだから飼えなくてここ最近ずっとここでこっそり世話してるとかそんなんじゃないですほんとに」 「…パシリは嘘つくのも下手なんだな」 「だから違…ってさっきからパシリパシリなんなんですか!」 今更かよ…と心の中で突っ込むと名字の横で座っていた猫がよちよちとこちらへ歩いてきて俺の足にすり寄ってくる。制服越しから感じる猫の温もりがなんだかくすぐったい。動物は好きってわけじゃなかったけど懐かれると案外可愛いもんなんだな、なんて思いながら頭を撫でてみるとみゃー、という甘ったるい声で気持ちよさげに鳴く猫。それに対し俺と猫の様子をむっと口を結んで睨みつけてくる名字。 「…なんだよ」 「たまのすけこの人は悪い人だから近づいたらめっ、だよ、ほら早くこっち来なさい」 「なんで俺いつの間に悪い人になってんだよ」 しかもなんか猫に変なあだ名ついてるし。たまのすけってなんだよこいつメスだろ首輪的に。 「私をパシリと呼ぶ人に良い人はいな…あっ、でもやっぱりさっきパンくれたから良い人か…いや、でも……」 「人のために昼飯やるお人好しのパシリには負けるっつーの」 「もっ、もう…パシリパシリうるさいです」 「ホントのことだろ」 俺がそう言うと何も言え返せないのかぐっと押し黙る名字。自覚しているのならなぜ嫌だと言わないのか不思議でならない。俺の言葉がそんなにきいたのか、しょんぼりした様子でキャットフードやグッズをいそいそとスクバに入れながらぽつりと小さな声でそいつは独り言みたいに零した。 「別にみんな普通の友達だし、仲良くしてくれます。友達を助けるのは当然です。」 ね、と同意を求めるように猫の頭を撫でると返ってきたのはみぎゃあ、という猫語。もう、と言いながら笑う眼鏡越しの名字の猫に対しての視線は優しく、こんな顔もできるのかと思った。暫く平穏な雰囲気に包まれたかのように思えたがそれは名字の叫び声によってぶち壊される。 「っだあぁああああ忘れてたああああっ」 そう言うなり本当に目にも止まらぬ速さで鞄を持ち上げ立ち上がる名字。突然のことに俺も猫もぎょっとしながらそいつを見る。 「すっすみません!コンビニで買ったプリンの賞味期限が今日の午後3時までだったのを忘れていました!!じゃっじゃあ私そろそろ帰ります!パンありがとう、ございましたっ」 「あ、おう」 突然のことに生返事しか返せない俺にぺこっと恭しく頭を下げて名字は逃げるようにどこかに消えて行った。学校おわるのが3時過ぎなんだからもうとっくにすぎてんだろ…と思いつつ3時という単語に俺もあることを思い出してつられるように自分の家に早々と帰って行った。あっぶね。今日は好きなバラエティー番組がやるんだった。確か今日のゲストは……忘れた。 110724 / かいわ |