「わかり…ません」

居眠りしているところを先生に当てられ肩を縮めているそいつを黒板の数列を眺めながら俺は心の中で小馬鹿にした。
水泳のあとの授業はほとんどの生徒の首がない。首を狩ったのは死神ではなく、みな睡魔だ。
俺も危うく首を狩られるところだったのだが、すんでのところであいつの面白いくらいに情けない声に助けられた。

ああくそ、暇だ。授業中だけは、いつもからかいの対象であるパシリが近くにいないため、本当につまらない。そういえば、パシリと出会う前、俺って何して過ごしてたんだっけ。浜野や速水とつるんで、同性の奴とも異性の奴とも普通に喋って、遊んで。そう考えると、一ヶ月前の俺の生活と今の生活は、パシリによって随分と変わった気がする。あいつをパシることが増えただけなのに、前と比べて学校生活が幾分か楽しくなってきた気がするのだ。勿論前も楽しかったけど。

あいつからしてみればパシられていい思いをしていることは決してないと思うけれど、昼休みや放課後の帰り道などに見せる、前までは見せなかった偽りのない明るい笑顔から、俺と同じで少しはあいつも楽しくなったかななんてらしくもないことを思ってみる。ただちょっぴりだけ、水泳の授業に一人で見学席に座っていたときのあいつの元気のない横顔が心に引っかかっていた。体調が悪いようにも見えたけど、なんか違う、もっと根本から元気がないように思えた。授業だって、あいつ頭は悪いけど居眠りなんてしたりしない。いつも必死に先生の話を聞いてノートを取っている。まあ、それでも頭は悪いけど。
少し目を離すと、すぐあんなふうになって一人で抱え込むからいらいらする。俺とか浜野と結構話すようになれた今でも、やっぱり本当に言いたいことは未だにはっきり言わない。ま、いいや、あとで眼鏡でも奪って遊んでやろっと。

そんな考え事にふけっていると突然チャイムが鳴り出したため心臓がどきりと跳ねた。周りが起立をしているのを見て慌てて俺も立ち上がったが、あいつはずっと座ったままでいた。



131026 / かんがえごと