まずっ。 ついそう口にしてしまった俺に速水が「ひ…ひどいです…」といつもの弱々しい非難の声をあげて飲み終わった紙パックのりんごジュースのストローをずるずると吸った。その隣でのほほんと唐揚げを頬張りながら「言うな〜倉間も〜」とケラケラ笑う浜野。すると速水はさらにどんよりとしたオーラを纏って元から姿勢の悪い体をさらにぎゅっとすぼめた。あ、これはやばい。 「ひどいです…朝五時起きで学校遅刻してまで作ったのに…特にその卵焼きなんて色々な具を混ぜてすごく手込んで…俺だって今日はお母さんいなかったんですからねまったく……もう今日は最悪です…数学の教科書は忘れるし…体育の時間はすっ転ぶし…」 「ああもう冗談に決まってんだろ！美味い！美味い！やべえなんだこれすげー美味いんだけど！」 ネガティブモードに突入した速水を宥めるべくお世辞にも美味いとは言えないこの弁当を美味い美味いと言いながらばくばくと食べる。苦痛に耐えて端の方にある歪な色形をした卵焼きを口に放り込むと甘いようなすっぱいような苦いような、そんな味がした。何入れたんだこいつ。だってこれもうまずいとかそう言う領域じゃない。クソみたいにしょっぱいウインナーを口に入れると自然と涙が溢れてくる。そんな俺の隣でのほほんと美味しそうなハンバーグを頬張る浜野が妬ましい。 時に、何故俺が速水に弁当を作ってもらったのかというと、いつも弁当を作ってくれる母親がおらず、そのくせ金もなかったからだ。というのは半分嘘で、本当は自分の小遣いからお昼代を出せと言われたのだが、勿論貴重な小遣いをこんなところでやすやすと使うのはいただけない。今思えば他の奴らから少しずつおかずを分けてもらったり冷凍食品でも何でも適当に弁当箱に詰めたりすればよかったんだけど、ちょっとした好奇心と遊び心(速水イジメ)で半ば無理矢理「おい明日弁当作ってくれよ」と言って俺が作らせてしまったのだ。すげえ後悔してるけど。 昼休みはまだ結構残っていた。だが成長期真っ盛りのサッカー部の昼飯を食べるスピードは尋常ではない。俺達は既に昼飯の後始末を済ませて自分達の席へ戻ろうとしていた。空になったこれまた可愛い熊の弁当箱を速水に「さんきゅ」と言って返す。速水は不機嫌そうな声で「もう作らないですから」と差し出した弁当箱をひったくるように取ってふいっと俺に背を向けた。うわ思った以上に怒ってるぞ、これ。 「んじゃ俺も自分の席戻るなー」 ちゃんと謝っとけよーと他人事のように茶化す浜野に余計なお世話だ、と一喝して俺は口直しに水を飲もうと水道へ向かった。 ごくりごくりと音をたてて喉が小気味よくリズムを刻む。長い間夢中で飲んでいた俺は「はぁっ」と短く息を吐いて口元についている微かな水滴をぐいぐい腕で拭った。まっじい。思わずそう口にしてしまうほどあいつの弁当はマジでごめんだ。多分タバスコなんかを一気飲みするくらいじゃないとあの味は口内から消えてくれない。 未だに消えない強烈な味に顔を歪めながら教室方向へ態勢をくるっと変えたその矢先。後ろでパサッと何かが落ちた音がしたので思わず振り向いてしまう。 振り向いた先にはクリームパン、メロンパン、カレーパンえとせとらえとせとらの沢山のパンを抱えて速水みたいな丸眼鏡をかけた少し地味な女子が青ざめた顔で立っていた。同学年ぽいけど、全く記憶にないから多分違うクラスの女子だろう。 そいつは「あ、あわ…」と眉を下げて一つだけ落ちたパンを拾おうとするが抱えているパンが多すぎてそれどころでは無さそうだった。その上無理に拾おうとして腕に収まっていたパンを全部撒き散らしやがった。 面倒くせえなと思いつつもここで知らん顔をして通りすぎるのはさすがに人間としてどうなんだとも思い、俺は落ちているパンを拾ってやりそれを眼鏡の女子に渡した。 「ん」 「あ…ありがとう、ございま……」 「その量、一人でどんだけ食べんだよお前」 「ち、ちがいます…！そんなわけ…」 オドオドしながら慌てて俺からパンを受け取りすくっと立ち上がる女子。 「あっあああのありがとうございました、よければこれもらってください」 女子はそう言ってポケットから百円玉を取り出し俺に押しつけるとおぼつかない足取りで通り過ぎていった。 ほんとにすみませんでしたと少し高めの声が謝罪を紡いで俺と同じ教室に入って行くのが見える。あいつ同じクラスだったのか。 しかし今はそんなことはどうでもいいに等しく、百円を手に入れたことがサハラ砂漠でオアシスを見つけた水に飢えた旅人と同じように嬉しくて(サハラ砂漠なんて行ったことないけど)、一人脳内カーニバル状態で舞い上がっていた。やっぱり良いことはするもんだなーなんて思いながら弾んだ足取りで購買に向かっていたら偶然通りかかった南沢先輩によう機嫌良さそうだなチビ、と声をかけられ一気にテンションが下がったのは言うまでもない。 110723 / であい |