あのまま倉間くんの席に連れていかれ、そこで待っていたのは速水くんと浜野くんだった。勿論二人はびっくりしているようだったけどそんな私達の意見は聞き入れないといった様子で倉間くんは今日から四人で一緒に昼飯を食べると宣言し、私はこの三人とお昼を共にすることとなった。この三人とお昼を一緒に食べるなんて私にとってはもうそれはそれは気まずいわけで。どきどきするわけで。
まあ普通に考えると多分いつでも私をパシれるようにという倉間くんの考えなのだと思う。そこまでして私をパシりたいのだろうかという疑問は置いておいて。別に一緒に食べる人なんていないから構わないのだけど、やっぱりあまり話さない人達とお弁当を食べるとなると、つい肩を狭くしてしまう。
てっきりお昼ご飯食べる時もテンション高いんだろうなあと覚悟していた浜野くんもさすがにこの沈黙が痛いのか居心地が悪そうに黙っている。私がいるばかりに、なんだか申し訳ない。倉間くんは倉間くんで何も気にしていないのかのように購買のパンを頬張っているし(ちなみに私が買ってきた)、速水くんは下を向いて相変わらず近寄りがたい雰囲気を出しているし、これならまだうるさい方が良かったなあ。
気まずさを紛らわすために口に含んだタコさんウインナーはちょっぴりしょっぱい。ああ、帰りたいですお母さん。
しかしここはやっぱり元凶である私が責任を取るべきのような気がして罪悪感に押しつぶされる。まあチキンな私がこんな場で行動を起こすなんてまず無理なのだけども。今朝の星座占いは八位というなんとも微妙な順位で「余計なことはしない方が無難」とか言ってた気がするし、ここは大人しくしているべきなんだきっと。うん、きっとそうだ。ふふふ卵焼きがオイシイナー。

「ちゅーか名字さ、あっちのパシリ脱出したんだって?」

「ブフウ!」

「おいバカ、こっちに卵焼きのカス飛んだ」

いきなり何の前触れもなくそう聞いてきた浜野くんのお陰で私は卵焼きを口に入れながら吹き出すという純情ヒロイン失格な行動を犯してしまう。まあそもそも私に純情ヒロインなんて設定はないけども。
吹き出した私に「やっぱそうか!」と楽しげに笑う浜野くん。人の気も知らないで面白そうに話すなこの人は。
いつそれを聞いたのかは知らないが私がパシられていたことを知っているあたり多分クラス中が知っているんだろうなあと思いやっぱり改めて恥ずかしくなる。もしも倉間くんに出会わなかったら今頃どうなってたのだろうと想像すればメンタルが崩れそうな気がしたのでやめておいた。

「まあ、パシリにしてはよくやったんじゃねえ?」

「よくやったなんてもんじゃないですよ…寿命二十年分は使ったと思います」

「そんなに使ったら結婚する前に死んじまうぞそれ」

「ちょっとどういう意味でしょうか倉間くん」

相変わらず毒ばかり吐く倉間くんはそんな容姿とは反し可愛い袋のメロンパンをはむ、と口に含む。確かこれはボケモンというアニメのパンだったような気がするけれど、もしかして倉間くんは意外にこういう(言っては悪いけど)子どもっぽい物が好きなんだろうか。まあついこの間までは真っ黒なランドセルをしょった小学生だったのだからおかしくはないけれど、ボケモンのゲームを夢中になってプレイしている倉間くんを想像してちょっぴり可愛いなあなんて思ってしまったり。

暫く浜野くんと倉間くんの会話が続き黙りこんでいた私はさっきからずっと影の薄い速水くんを盗み見た。相変わらず重々しいオーラを醸し出している速水くん。その姿が自分と一点のズレもない程重なってなんだか妙に仲良くなれそうな自信が沸いてくる。いつもこんな感じなんだろうか。毎日この三人は一緒にいる気がするのだけど、やっぱり私かいるからやりづらいのかもしれない。話しかけると話しかけないの選択肢でおろおろとさ迷い続ける私。しかし中学に入って一度も男子という生き物に話しかけたことがない私がそんな簡単に話しかけられることもなく、結局この件は挫折するという形で終わってしまった。しっかりしろ私のチキンハート。

「ちゅーか、名字の弁当って自分で作ってんの?」

「とっとんでもない!違います」

「へー、じゃあ母ちゃんが作ってんのかあ」

「え、と、一応」

うまそーだよなそれ、とべた褒めする浜野くんに恥ずかしくなる。たしかにお母さんの作るご飯はシェフ並みに美味しい。というのも昔私が生まれる前に自分でレストランを経営していたのだとか。
やはり自分のお母さんを褒められると鼻が高いなあなんて思いながら何故子どもの私にその才能が受け継がれなかったのかと気落ちした。うらやましー、と連呼する浜野くんのお弁当箱に収まっているのはご飯の上に焼き魚を乗せただけのなんとも寂しい、いや、シンプルな料理だった。俺母ちゃん忙しくてあんまり家にいねえからさ、と頭を掻きながら眉を下げて笑いを浮かべる浜野くんに大変なんだなあと思いながら自分の家庭を思い出していると私って幸せなんだなあと改めて実感する。

「あの、えっと…もしよければ食べます、か?」

さっきからずっとこちらにキラキラと視線を送ってくる浜野くんにそう尋ねると物凄い速さで箸を構え「いいの!?」といつも以上に笑顔を輝かせられる。その速さ0.4秒。勿論断れる筈もなく断るつもりもなかった私は「はい」と大きく頷いた。やりい!と心底嬉しそうな声をあげて浜野くんはぺろりと自分の唇を舐めて少し悩んだ後エビフライを摘まんで自分の口に入れた。口に合うかな、なんていう心配は彼の「うめえ!」という言葉で跡形もなく消え去る。

「これもう一個食っていい?つか食うわ」

「ちょ、何勝手に食べてるんですか倉間くん」

いつの間にか食べられていたしゅうまいは次々と倉間くんの口に入っていき、それを見た浜野くんもいくらでも食べていいと思ったのか遠慮なく食べ始めた。まあ美味しい美味しいと言って食べてくれるのは嬉しいし大してお腹も空いてないから別にいいのだけども。それにしてもさすが成長期真っ盛りな男の子。食べている姿が見ていて気持ちがいい。それに比べて速水くんは体型といい食欲といいお母さんでなくても心配になってしまう。思いきってデザートの苺を薦めたけれど「すみません」とあっさり振られてしまった。

「あ、パシリ、今日は部活ねえから一緒に帰んぞ」

「そ…そんな…」

私は帰り道も自由に過ごすことができないのか、と涙目になるのを堪えながら甘酸っぱい苺をゆっくりと噛み締めた。それでもちょっぴり笑ってしまったのはきっと楽しかったから。なんて。



120114 / おひるやすみ