四時限目が終わり、昼休みが始まる。いつもどおり美紀ちゃん達が一枚のメモ用紙を持って手を振ってこちらにやってきた。ある程度予想していたことで特に驚きもしない私は「これ今日の買い物リストね。あっ一緒に食べようね〜」と言われずっと心の中で練習した言葉を紡ごうと口を開いた。今日こそ、言うんだ。大丈夫、きっと大丈夫。昨日倉間くんに言われたことを頭の中で何度もリピートさせながら、私は小さく息を取り入れて声を発した。

「あっあのね、今日は私、お弁当持ってきてるの、だ、だから…ね、」

買いに、行けない。
最後の方少し声が小さくなってしまったけれど、間違いなく聞こえた筈だ。やっと、言えたんだ。言い切った瞬間何とも言えぬ爽快感が私を包む。そうだ、後で倉間くんに自慢してやろう。私だってこれくらい言えるんだからって胸張って自慢しよう。もうパシリだなんて言わせない。ああ今日の昼休みはどこで食べよう。ずっと行きたかった図書室で食べようかな。それとも屋上にしようか。いや、でも屋上は日焼けしちゃうからダメか。まあ朝倉間くんに日当たりの良い場所に座らされて既に肌は小麦色に染まりつつあるけども。

「ええ〜、いつも行ってくれるじゃん」

「え、だ、だけど…」

「今日は少ないから!」

美紀ちゃんの思わぬ発言に、完全に舞い上がっていた私は拍子抜けしてしまう。きっとすぐに納得してくれるとばかり思っていた私の予想とは外れネチネチと粘る美紀ちゃん。勇気を出して言った私の精一杯の言葉を何でもないかのようにぺちゃんこにされたような気分になって私はぎゅっと下唇を噛む。もう、無理だった。

「ねっお願い!」

ぱん、と両手を合わせてそうお願いされる。ここまで言われて「それでも嫌」だなんて言える程私のHPはもう残っていなかった。選択肢は、一つだった。ああ、今日も駄目だったなあなんてぼんやりと思いながらメモを受け取り席を立つ。
その時だ。後ろから褐色の短い手が伸びてきたと思うとそのまま私の手からひょい、とメモを奪っていった。手の主はメモをじっと見るとすぐ飽きたように美紀ちゃん達に押し付けて私のYシャツの裾を引っ張り「俺の、勝手に使うなよ」という意味不明な発言を残して私に弁当を持たせると自分の席へ向かった。チラ、と美紀ちゃん達の方を見ればポカンと間抜けた表情をしてメモ用紙を落としていた。あれ、前にもこんなことがあった気が。

「…やればできんじゃん」

制服の裾を引っ張って早足で歩く倉間くんは小さな声で言った。その声がまた優しくて私の胸はとくんと疼く。私のことパシって平気な顔してる人なのに、なんでこんな時だけ優しいんだろう。浜野くんの言葉を不意に思い出してちょっぴりそうかも、と思ってしまう。彼が今どんな顔をしているのかはわからないけれど、制服に触れている指はたしかにあったかくて、可愛ささえ感じられた。さっきまで意地悪で私のことこき使ってたくせに。ずるいなあ、こんなの。

「ありがとう、ございます」

「…は?」

「た、助けてくれて」

「べっ、つに、助けたわけじゃねえよ、これでやっと昼休みもお前のこと楽に扱えるし…てかなっ何にやにやしてんだよ!キモッ!」

「な、き、きもっ…!?」



120114 / つんでれ