重い。しかしそう口にすれば隣の彼の鋭い目が私を睨みつけ色々文句を言われそうだから勿論言わない。鞄くらい自分で持てばいいのに。こんなベタなパシリってない。ちなみに勿論これも言わない。

「なんで名字さんが倉間くんの荷物持ってるんですか」

さっきから微かに聞こえてくる三人の会話に耳を傾けていれば時々胸にグサッと刺さるような単語が稀に耳に入ってきて正直つらい。なんでこんなことになってしまったんだろうか。何故あんなことを言ってしまったんだろうか。何でもします、という数十分前の自分の言動を思い出しては恨みが募る。

はぁ、と大きく溜め息を吐いても誰に届くことなく空気に溶けていく。ああ私これからどうなってしまうんだろう。万引きとかを命令されたり、財布を盗んでくるよう言われたりと漫画のような展開になっていくのだろうか。いや、そうなったら最早いじめの域だと思うけれど。でも失礼だが倉間くんならきっとやりかねないだろう。もしそうなったら不登校になって高校受験も受からず中卒。大学受験も勿論受からないでニートマダオ決定だ。ああもうだめだ。私の人生めちゃくちゃだ。
こんな状態でこれから自分がどうなるかなんて、そんなこと考えたくもないし、考える余裕もなかった。




「おいパシリ、これ理科室まで持ってっといて」

「ああ、はい…」

「パシリ、人数足りねえから消しピン一緒にやれ」

「はあ…いいですけど」

「パシリこれ速水に渡しといて」

「はいはい…」

「パシリシャー芯分けろ」

「…そんな離れた席から言われても困るんですけど」

「パシリ宿題やり忘れたから写しといて」

「これ一昨日の宿題じゃないですか」

「おいパシリ暇だからなんか面白いことやれよ」

一体これは何でしょうか。いじめでしょうか。いいえ、パシリです。ええ、だってもう何度もパシリって呼ばれてるじゃないですか。もう私の名前パシリじゃないですかこれ。

そんなツッコミを心の中で入れた三時限目と四時限目の間の休み時間のことだ。完全に疲れきった私は自分の机にだらしなく腕を垂らしながら突っ伏す。いくら何でもしますって言っても、普通一つだけじゃないかなあなんて思うのだけど、そんなことは倉間くんには通じないんだろうな、なんて。はぁ、と本日何度目かわからない溜め息をつく。

「よっ」

「ホァタァ!?」

「えっ何、拳法でもする気」

突然ばしんと強く肩を叩かれつい反射的に飛び起きて叫び声をあげてしまう。つ、ついに暴力までふるうように…と思いきや声をかけてきたのは倉間くんではなく、同じ褐色の肌でもタイプは全く違う浜野くんだった。浜野くんはニコニコと笑いながら私にもう一度「よっ」と挨拶をしてくる。ああ、この人は私と全く違う世界の人だ。初めて見た時からずっとそう思っていた。勿論どう返していいかわからず私は「どうもです」とギクシャクしながら頭を下げる。

「あはは!ホントに速水みたいだな!」

「は、はあ…速水くん、ですか」

「あ〜それそれ!喋り方といい眼鏡といいオドオドしてるとこといい超似てるっしょ!マジウケる!」

変なツボに入ったらしい浜野くんは私の机に突っ伏してバンバンと机を叩く。これは、どうやって止めればいいのだろうか。このまま放っておいてもさすがに机が可哀想だし。

「あ、あのう…」

「はははっごめんごめん!ホント似てたからさ、つい笑っちまった!」

「さ、さいですか…」

テンションについていきづらいなあなんて思いながら引きつっているであろう頬に力を入れて笑う。我ながら苦しいな。

「ちゅーか、溜め息なんてついてどうしちゃったのよ」

すっかり笑いがおさまった浜野くんはちょっぴりおちゃらけた口調で私にそう尋ねた。それが妙に真面目に聞こえて、これが浜野くんなりの気遣いなのだろうなとぼんやり思う。

「倉間くんの、ことです…」

「あー、やっぱり?」

私の机に頬杖をついて大体察していたというように苦笑いする浜野くん。

「俺から見ると結構楽しそうに見えるけどなー」

「そんなわけないじゃないですか…もうくたくたですよ」

「あはは、違う違う倉間の方」

「倉間くん、ですか…?」

「うん、そう」

ニコッと眩しくて爽快な笑みを零す浜野くん。私みたいな暗い奴とは正反対の眩しい笑顔。「お前みたいな暗い世界の人間と俺は違うんだよ」というような疎外感を掻き立てるその顔。でもそんな私の暗い世界に光を注ぐみたいにキラキラしてるその顔に心がぽかぽかしたのも確かだった。大丈夫、あいつ本当は良い奴だからさ、なんてその笑顔で言われたら頷くしかない。浜野くんの笑顔を見ていると、なんだか本当にそんな気がしてきてしまうのだ。

「ま、何かあったら気軽に話しかけてくれよ!」

ぽす、と頭に手を乗っけて私の返事も聞かず浜野くんはすぐにどこかに行ってしまった。頭のまだ残っているその温もりにそっと手を当てる。太陽みたいな、人だったなあ。よし、と気持ちを切り換えるように次の授業の準備を始めようとしたその時。すこーん、と間抜けな効果音をたてて私の脳天を気持ち良く飛んでった小さな物体。それはコロコロと私の足元に転がってきて静かに動きを止めた。

「あっわりいパシリお前があまりにも間抜けな顔してたから消しゴムが勝手に飛んでった」

「…」

「ってえ!何すんだよバカ!」

「お、おっと手が滑ってしまいましたゴメンナサイ」

「おいわざとだろ絶対!」

「ハヒィ!痛い!痛いです!すみません調子乗りました!」

まあ今回は浜野くんの笑顔に免じて我慢だ。




110901 / えがお