とんとんとん、と沢山の足音が廊下を騒ぎ立てる一般生徒の登校時間。朝練習を終えた俺達もそれに混ざって教室へ向かう。ここまでは、そう、ここまではいつもと一緒だ。普段は倉間くん、浜野くん、俺の三人でダラダラと駄弁りながら歩く廊下。しかしどういうことか、今現在俺と一緒に歩いているのは俺を入れて四人。何度数えても四人なのだ。

「く、倉間くん」

「んー?」

「その…隣にいる」

「…ああ」

倉間くんの隣にいる、俺と同じ丸眼鏡をかけたクラスメートの女の子。あまり話したことがないから印象は薄いけど、確か名字さんという人だった気がする。名字さんの手には自分の鞄であろうスクールバッグと何故か彼女の外見とは似合わないとても見覚えのあるエナメルバッグが抱えられていた。それは紛れもなくいつも倉間くんが持っていたエナメルバッグで、何がどうなっているのかわからない。さっきも練習途中に倉間がユニフォームを濡らしてきたと思ったら名字さんを連れてきて勝手にベンチに座らせていたし、まずこの人達って何か関わりあったっけ。

「なんで名字さんが倉間くんの荷物持ってるんですか」

手ぶらで頭に手を回している倉間くんの耳に口を寄せて小声で尋ねると倉間くんはきょとんとしながら「見てわかんねえ?」と本人が聞こえるくらいの声で言うものだから慌ててしーっと唇に人差し指をたてた。

「ちゅーか、それ以前になんで名字がここにいるんだよ」

「そうですよ、もしかして彼女なんて言い出すんじゃないでしょうね…?」

「ちっげーよ、んなわけねえだろあんなの」

浜野くんと一緒に倉間くんを挟んで談義しながらちら、と後ろにいる名字さんを見ると鞄に顔を埋めながら「あんなの…あんなの…」とぼやいていた。しかしこの程度の発言にへこんでいては倉間くんとは付き合っていけない。昔の自分と彼女を重ねて、心の中でそっと同情を送った。

「じゃあ何だって言うんですか」

浜野くんと俺は答えを急かすように倉間くんをじっと見つめる。すると倉間くんは至って普通の顔で、普通の声で、けれどとんでもない発言を零した。

「パシリ」

思わずはぁ?と聞き返してしまった。パシリ。パシリ?この性格の悪いチビはついにパシリまで雇うようになったのか。呆気にとられている俺とは裏腹に大袈裟に噴き出してケラケラ笑っている浜野くん。これは、笑う所なのだろうか。

「こりゃ傑作!パシリさんっすか!」

「うう、ていうか女の子じゃないですか…」

「ははっちゅーか名字って他の奴らにパシられてるんじゃなかったっけ?なに倉間横取りしたの?」

「るせ、お前らには関係ねえんだよ」

べ、と舌を出してどこか勿体ぶるような言い方をする倉間くんの首に腕を回し「何だよいつ親しくなったんだよお前ら!」と浜野くんがからかう。それは俺も気になったけどあの様子だと倉間くんは教える気なんてさらさらないのだろう。後ろからため息を吐く音が聞こえて無理やりやらされてるのは確かだななんて思いながら俺は倉間くんと浜野くんのじゃれあっている姿をぼうっと眺めていた。





110809 / ふあん