「ちょっと、成神くん」

「…ん」

自分でもわかるくらいにむすっとした表情を作って前の席に座っている彼の名前を呼ぶ。咲山先輩顔負けのガンを飛ばしたつもりだったのだが、どうやら彼の視界にはスマートフォンの画面しか映っていないよう。成神くんはテーブルに一回も手をつけられず10分以上放置されていたミルクジェラートにようやく着手して、私の呼び掛けに2秒くらい遅れて生返事で答えた。

なかなか部活から解放されない成神くんに久しぶりに休暇ができたということで二人で学校帰りにファミレスデート、のはずがこの様である。中高生のスマホ中毒に注意が呼び掛けられているが、クラスも違い殆ど会うことのない私は、成神くんがスマホ中毒だったなんて知るよしもない。世間的に言えば彼は「イマドキのオトコノコ」であるし、らしいと言えばらしいのかもしれないけれど、彼女とデートの最中にまでスマホだなんて何も思わない方がおかしい。

ここで一発ガツンと言ってやりたい。言ってやりたい!が、久しぶりに会ったというのにスマホを火種に喧嘩即別れ話、なんてなったら困る。でも、でも。「成神くんの、」

「は?」

「成神くんの!」

ばかやろう、とは言えなかった。やっと彼の顔を隠していたスマホが取り去られたと思うと、睨みをきかせた私の視線と成神くんの視線がばちんと合った。成神くんは私の顔を見るといつものニヒルな笑みを口元に浮かべてスマホを片手に自分の席から立ち上がった。そのまま私の前まで来て一気に顔と顔の距離を縮めてくる。

「オレの、何?」

「…成神くんのバカ。せっかく、久しぶりに放課後に遊んでる、のに、成神くんスマホばっかり」

未だ笑みを保っている目の前の男の子を恨めしそうに見つめる。本音を紡げば私が望まなくても、視界はふにゃりふにゃりと歪んでいった。「あーあ、そんなに泣いちゃって寂しかった?」と成神くんは心なしか眉を下げて頬に流れる涙を親指で拭う。そして忌々しき電子機器を私の前に現せば彼は表情を一変させてこう言った。

「てか、上目遣いに加えて顔に俺の手が添えられてるこの構図、ヤバすぎでしょ」

カシャ、とシャッター音が私と成神くんを隔てて鳴った。思いもよらぬ機械音に、電気が走ったように体が硬直する。無音カメラ画質悪いし最悪、と少し低めの声で一人ごちる成神くんと目が合うとニコ、と子犬のように愛らしい笑顔をこちらに向けてきた。何が起きたのかさっぱりわからない。

「ど、ゆう、こと?」

「スマホいじる振りしてお前のかわいい写真撮ってた」

「な、にそれ!ばかでしょ!ば」

言い切る前に成神くんと私の唇が重なる。ぶわ、と顔が熱くなったと思うとすぐにシャッター音が鳴り響く。もっと恥ずかしい写真撮ってもいい?と言ってヘロヘロになった私の唇に人差し指を押し当てる成神くん。ほんのり香る成神くんの甘い匂いに酔わされながら「ばか」と一言毒を吐いて、私は白旗を上げた。



150308