ガタンゴトンと規則正しい音を立てて眠気を誘う電車に私と狩屋くんは無言で揺られていた。休日の車内は思ったより人が少なく、ところどころ席がポツンポツンと歯が抜けたみたいに空いている。停車するたびに電車は大きく揺れたが、肩に一瞬だけ当たる温もりが心地良くて私はその瞬間がとても好きであった。隣にいる子ども体温の彼氏さんを盗み見ると見事揺りかごの策略に引っかかっていて薄く開かれた目が何度もゆっくり瞬かれていた。写メって霧野先輩に送ってやろうかなという邪心が働くくらいに可愛いそれににやけるのを堪えるのが辛かった。

狩屋くんから「明日一緒に出掛けねえ?」というお誘いを受けた時は大変嬉しかったのを覚えている。一緒に出掛ける。そう、つまりデートである。これを断る理由があるだろうか?全力でオーケーを出した私は家に帰ってクローゼットに飛びついて血眼で勝負服を選んだものである。

私にとっては初めてのデートだ。勿論緊張しないわけがない。電車に乗ってから一度も口を開くことができずにいるのがその証拠だ。しかしどうだろう。それに対して狩屋くんは先ほどのご様子である。ただでさえ恥ずかしいのに、緊張しているのが私だけなんてもっともっと恥ずかしいではないか。
大体デートって、手を繋いだり、キャッキャウフフしたり、ちゅ、ちゅーとかするものでしょう?(多分)甘いシチュエーションが待っていながら真顔で平常心保っている奴がいるか?腹立たしい限りである。こんなことを考えて悩んでいるのも私だけなんだろうな、なんて思い少し寂しい気持ちになった。
そういえば今日はどこに行くのか知らされていない。「言わなくてもわかるだろ」ということなのだろうか。しかし恋愛経験ゼロの頭ではいくら考えても思い当たる場所が出てこない。
もしかして本来デートコースなんていうものは、暗黙の了解で大体決まっているものなのだろうか。そう考えてから友達に聞いておけばよかったなあと後悔する。
狩屋くんは女の子付き合いに慣れてそうだから、こういうのも詳しいんだろうな。プレイボーイめ。

無性に寂しくなり、人も少なかったのでたまらずぷに、と狩屋くんの頬を人差し指でつついた。つもりだったのだが、残念ながらひょいと軽くかわされてしまった。ちぇ、狩屋くんのすべすべやわらかほっぺ触りたかったな。
うげ、ととても嫌そうな顔をして私を見やる狩屋くんにこちらも眉を潜めて不満そうにしてやった。

「なんだよいきなり」

「あー惜しかったなあ」

「あー惜しかったなあじゃねえよ。ぜってー触らせねえし」

「私のはいっつもやるくせに」

「俺のほっぺはお前のより何倍も価値が高いんだよ」

「ふふ、狩屋くんがほっぺって言うとなんかかわいいね」

「うるせー嬉しくねー」

可愛いという言葉にほんのりほっぺを赤くする狩屋くん。そんな可愛い姿に沈んでいた気持ちが少し元気になっていくのが自分でもわかって、我ながら単純だなあと心の中で苦笑い。
何見てんだよ、と不機嫌丸出しの顔で頬をつねられて痛い痛いと訴えると周りからの視線がこちらに集中したので慌てて口を塞ぐ。くそう、笑いやがって。最初の頃は名字さん、なんて天使のような笑顔で話しかけてきてたくせに。可愛くない。いや、可愛いんだけど。

だんだん緊張がほどけてきた頃、「まもなく終点です」というアナウンスが鳴り渡り、私と狩屋くんはドアの前に立った。ドアに薄く映る私より背の高い狩屋くんに思わずどきっとしてしまう。かっこいい狩屋くん。やっぱり色んな女の子と付き合ったんだろうな。元気になりつつあった心がしょぼんとしぼむのがわかった。気にしなくていいことだとわかっているのに。私ってめんどくさい。

電車を降りて改札を出る。どこに向かんだろうとぼうっと考えていると突然狩屋くんの足が止まって私の足も自然と止まった。

「…くそ」

「…え?」

狩屋くんが低い声で何かを呟いたのを私は聞き逃さず、どうしたの?と少し大きな背中に尋ねた。体調でも悪くなったのか、はたまた道を忘れてしまったのか。
いつまでたっても返事が返ってこないので心配になり狩屋くんの顔を覗きこんでみると、それはそれはお耳まで真っ赤になっていらっしゃって。

「くそ、デートとか…何していいのかわかんねえよ…」

片手で頭を抱えてぼそぼそと狩屋くんが呟いた言葉に私は瞬きを二度三度繰り返す。しかし何回視界が暗転しても目の前にはあーとかうーとか言いながら恥ずかしさを隠しきれていないりんごほっぺの可愛い姿の狩屋くんしかいなくて。

「え、あの、狩屋くん、私とのデートプランとか考えてきたんじゃ」

「は!?なにいってんだよ、デートなんてしたことねーんだから、わかるわけねえだろ」

狩屋くんが、デートをしたことがない?耳を疑う狩屋くんの発言にさらなる疑問が浮上する。

「じゃ、じゃあ女の子と付き合ったりしたことない、の?」

「へーへーないですよ悪かったな」

「う、うそ、えっ?なんで?狩屋くんかっこいいのに」

「はっ、な、なんでさりげなくそういう恥ずかしいこと言うんだよ!あーもう…」

腕で顔を隠してこれ以上ないくらい恥ずかしそうにしている狩屋くんは見たことがない。すっかり拍子抜けしてしまっていた私は、だんだん込み上げてくるおかしさに自然と笑みをこぼしてしまっていた。なんだ。なーんだ。
にやにやしている私をなんだこいつと言うような顔で見てくる狩屋くんの腕にぎゅっとしがみつくと案の定かわいい反応をしてくれる。いつもは私のこといじめるくせに、形勢逆転だね。そう言ってやると言い返せないのかちっと小さく舌打ちをされた。

「狩屋くんかわいい」

「はいはいどうもな」

「こんなにかわいいのになんで彼女できなかったの?」

「一応色んな奴に告白はされたけど、俺の性格知ってずっと一緒にいてくれたのはお前くらい」

「勿体無いね、狩屋くんほんとはいいこなのに」

「はぁ…つーか、俺はむしろお前の方がそういう経験多いと思ってた」

「は、え?なんで私が?」

顔も性格も良くはないし、他に魅力なんてあっただろうかと思考を巡らせていると狩屋くんはさっきの恥ずかしげな表情とうってかわった、にんまりといつものような意地悪そうな笑みを浮かべて「だって、かわいーし?」と私の顔を覗きこんでくる。ああ、やられた。できるだけ平常心を保って「わーうれしいありがとう」と言ってみたけれど、どうやら私も隠すのが下手らしく、「顔赤いっつのバーカ」と言われてしまった。ちくしょう、これは当分いじられるなあ。



120327 / ストロベリーなきみのうた