俺の彼女はものすごくうざい。言い方をオブラートに優しく包もうだなんてこれっぽっちも思わない。容姿も言動もとにかく全てがうざい。うざくてうざくて、思わず女ということを忘れて手をあげそうになるけど毎回すんでのところで堪える。この間の昼休みに「のりくんのために作って来たよ!」と笑顔でご飯に生の魚を乗っけただけの弁当を押しつけてきた時は本当に死ぬかと思った。浜野には「俺が釣った魚なんだからちゃんと食えよな!」と残すなと言わんばかりに変な圧力をかけられるし。まあ結局全部食べたけどさ。言わなくてもいいと思うけど一応言っておく。クソまずかった。しかし全部食べて何故お腹を壊さなかったのだろうととても不思議だったが、名字曰く「愛の力だよのりくん!」らしい。冗談だと思いたいけどあいつの場合本当に愛の力で何でもできてしまいそうで怖い。
って部活の練習中に何を思い出してるんだ、俺は。あいつのいない部活が唯一の安らぎの場だというのにあの気持ち悪い味わいがまた蘇ってきて嘔吐したいという衝動に駆られる。隣にいる速水に大丈夫ですか、とおふくろみたいに背中をさすられながら口にタオルを当てていると今まさに話題になっていたあいつの間延びした声が聞こえたような気がした。あれ、おかしいな。あいつは部活にはいない筈なのに。俺はついに耳まであいつにやられてしまったんだろうか。

「のーりーくーんっ応援しにきたよ〜!ねーえ、のーりくんってばぁ〜!」

「…呼ばれてますけど」

「知らない俺何も聞こえない何も見えない」

耳を塞いで現実逃避に走る。そんなはずはない、今は部活中だ、あいつはいないあいつはいない気のせいだ気のせいだ気のせ「の〜り〜くんっ」
突然背中に重い物がずしりと乗っかる。首にぎゅうっと凄い力で手を回され酸素が上手く取り入れられない。

「ちょっ、待て、ぐるし、し、ぬ」

「あっごめんごめん!のりくんが好き過ぎてつい力入っちゃった!」

背中からひょいっと降りてえへへっと頭をこつんと片手で小突くそいつにいやかわいくねえから全然と正直な気持ちをぶつけると「やだのりくんたら恥ずかしがっちゃって!うふっ!わかった!後でゆっくりね!」と頬を人差し指でガッと貫かれるんじゃないかというくらいすごい力でつつかれる。

「あの、名字さん、とても痛いんですが」

「もうっ名前でいいって言ってるじゃん!恥ずかしいのはわかるけど、私だってのりくんって呼ぶたびに胸からのりくんへの愛が暴れだしてどうにかなっちゃいそうなんだからぁ!おうふ!やべえまた暴れっ…!落ち着け私ののりくんへの愛!今はまだそのときじゃない!そうだ、大丈夫だ、そのままゆっくり、そう、そのまま…よし、おさまったか…それでねのりくん今日は、ウワアアアまた暴れだしたあああああふぐぉっ!ううっ!!!のりくん大好きだよおおおおおおおっ!!!!」

「もう帰れよお前」

「もーのり悪いなーのりくんなのに!」

少し寒気を覚えながら頭のネジをボロボロと順調に落としていっているこいつに「なんで部活来たんだよ」と話を戻す。こいつが部活にいたら練習に集中できないどころか妨害されると予想した俺は付き合ってすぐに絶対部活には来るなと注意していた。名字もわかったと了承して約束通り今までは一日も部活に来ることはなかったのに。何故今日に限って。

「だって今日は私の誕生日なのにのりくん何も言ってこないし何もくれないし…」

「は!?きいてねーよ!」

「ちゃ、ちゃんと言ったもん!授業中ずっとのりくんにアイコンタクトで伝えてたもん…」

「んなもん気づくかよ…あー、ほんとありえねー…」

「ご、ごめん…だめだってわかってたけど、寂しくて…最近ただでさえのりくん構ってくれないし、私本当にのりくんに好かれてるのかなって不安になっちゃって…」

ぐし、と鼻をすする音が聞こえ嫌な予感がして名字の顔を見るとやっぱり泣いてやがった。初めて見る泣き顔にどきっとして俺が悪いと言われているみたいで罪悪感がつきまとう。微妙に周りからの視線が痛いし。んだよもう。言ってくれなきゃわかるわけねーだろ。女心なんてわかんねーし、ましてやお前のなんて。寂しいなら寂しいって言えよバカ。つっても、俺が気づかなかっただけだけど。のりくんのりくん、と俺の名前を繰り返しながら止まらない涙を拭う名字はちっとも泣き止む素振りを見せない。あーもう、別に可愛いとか思ってねえし。でも泣くくらいつらい思いさせてたんだよな。思い返せば確かに最近こいつのことあしらってばっかだった気がする。

「お、い」

「うっ、う、ふええーんのりぐ、」

「悪かったって、その、おめでと」

「あっありが、のりくんだいずきぶびっ」

「うわっきたねえ!」

「なっなんで避けるののりぐん!」

「んな鼻水だらけの顔で抱きつかれたらたまんねーよ…」

「ふぶぇええのりくう、うわああああん!」

「あーあー悪かったって!もう泣くなようぜえな!」

また泣かれると面倒なので俺は自分より少し背が高いそいつの頭を撫でる。すると名字はぱあっと目を輝かせのりくん愛してるっと正面からがばっと遠慮なく抱きついてきた。重いし首元がべとべとするけど今日くらいはいいかな、なんて。
速水の練習始まってます倉間くん、という声にはさすがに離れたけれど。



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