夕方の4時というまだ早い時間にも関わらず、辺りがオレンジを帯びている理由は簡単だ。今が冬だからである。
人通りの少ない道を4つの足が音をたててゆっくり歩く。ちょっぴり内股気味な2つが私のもの。もう2つは昨日付き合うことになった私の彼氏の倉間くんのものだ。
人一人分くらいの微妙な距離を置き一言も言葉を交わさない私たちは「僕たち私たちまだ付き合ったばかりのカップルです」と言っているようなもので、一応浜野くんの余計なおせっかいで学校公認になったとは言え雷門中の生徒には見られたくないなあと思う。

相変わらず口を開かない倉間くんの方をちらりと見てみる。長い前髪で隠れているその目は今どこを見ているんだろう。自分よりも小さな彼。そんな彼に告白したのは私で、付き合ってくださいという返答に俯きながら耳を真っ赤にして「別にいい、けど」と答えた彼の姿はきっとこの先忘れられないだろう。それと今日の昼休み、違うクラスなのにわざわざ私のクラスの教室まで足を運びまたまた耳まで真っ赤にして「俺今日部活ないから、一緒にかえん、ねえ?」と聞きに来たときは嬉しくて「はいっ」と返事したときの声が裏返ってしまい、二人で笑った。

気づかぬうちに見とれていたらしい。倉間くんの顔が自分の方に向くと私の胸はどきんと跳ねて自分が彼にじろじろと気持ち悪い視線を送っていたのを気づかされ、反射的に顔を背けてしまう。今絶対気持ち悪いって思われた、絶対思われた。ああもう、穴があったら埋まってしまいたい。私のせいでもっと気まずくなってしまった重い雰囲気に圧迫されながら首に巻いているお気に入りのマフラーを顔を隠すように持ち上げる。こんな女が倉間くんの彼女なんかで本当にいいのだろうか。本人は気づいていないんだろうけど、倉間くん本当は結構女の子に人気があるのだ。だからオーケーを貰ったときは本当にびっくりして、そっと自分の太ももをつねってみたけどやっぱり痛くて。しかもただ単に告白されたから付き合うという軽い感じではなく、こう言ったらちょっと自意識過剰かもしれないけれど、本当に私のことを好きって思ってくれているっていうのがわかって。

「あのさ」

今までどおり沈黙のまま歩いていると、おそらく私にかけているであろう(ていうか私しかいない)呼びかけが風の音に紛れて聞こえたので倉間くんに気づかれないよう静かに一呼吸置いて「うん?」とできるだけ平常を装って返事をした。あああ、ちょっぴり裏返った!

「そこの自動販売機でなんか買わねえ?」

「そ、そうだね、寒いし」

倉間くんが自分のエナメルバッグからごそごそと財布を取り出して自動販売機の小銭入口に百円玉を投入。「今全国の自動販売機飲み物全部百円で買えるんだってさ」そう言いながら彼は迷うことなく一番端のミルクティーを選びぽちりとボタンを押した。お得な情報を提供してくれた彼に「へ、へえ」とぎこちなく返す私の頭は別のことで占められていた。少し失礼だけど意外だった。彼のことだからオレンジジュースとかもっと子どもっぽい物を買うかと思っていたのに。まあ寒いからそんな物は買うはずないのだけど。

「あっ、じゃあ私買ってくるね」

既にミルクティーを口にしている倉間くんを置いて自動販売機の前に立つ。ずらりと並ぶメニューの数々に頭を悩ませ、とりあえず百円玉を投入する。
倉間くんはミルクティー。ここはやはり女子力というものが試されるところだろう。しかし女子がどんな物を飲むと可愛いのかなんて私には到底わかるはずもなくて。
早く決めないと、倉間くんを待たせてしまう。そんな急かされるような気持ちもあり私の頭の中はぐるぐると渦巻く。どうすれば。どうしよう。ああもう、これでいいや!
殆ど当てずっぽうと言っても過言ではないくらいの適当さで思い切り押したボタンはピ、と音を立て下の口から飲み物を吐き出す。
その飲み物を手に取った瞬間やってしまったと思った。おしるこ。オバサン臭いその配色に私はもう笑うしかなかった。

「何買ったんだ?」

「はっ!いやっこれは、そのっ」

突然背後から覗く倉間くんのに頭がパニックになり私は手からおしるこをぽとりと落としてしまう。
勿論それを倉間くんの目が追わないはずもなく私は目を瞑った。

「…ほら」

「え、」

目を開くと倉間くんがおしるこを持って私に差し出している姿が映る。表情は、笑ってない。怒ってもない。引いてもない。ただ、ちょっぴり心配そうにしているような、そんな。

「あり、がとう…」

「ん。そうだ、あのさ、これ一口くれね?俺間違えてアイスの方買っちゃってさ」

あ、俺の口付けたのとか嫌、か。そう呟きながら腕で口を隠して顔をそらす倉間くんの顔は告白の時みたいに真っ赤で、可愛くて。女子力とか彼に引かれたらどうしようとか、そんなことばかりずっと考えていた自分に恥ずかしくなる。あまりにもきゅんとする倉間くんの仕草に胸を激しく鳴らしながら「ううん、やじゃない、よ」と必死に声をしぼりだした。
お互いの飲み物を交換し合って再び歩き出すと倉間くんがおしるこに口をつけながら私の手をとん、と叩いてきたのでそれに応えるように私は自分の手を彼の手に重ねた。伝わってくる体温は、熱い。



ミルク色の宇宙で呼吸 / 120103