それでねー、とお弁当の卵焼きを頬張りながら口を動かす友人に喋るか食べるのかどっちかにしてくれと思う。案の定口から卵焼きの小さな欠片が飛び散ると(汚い)、流石に食べるのに専念するかと思われたが、無神経な彼女は何事もなかったかのように、喋る喋る。へー、そう、ふーんと興味のない話題には適当な相槌を返すがそんなこと気にする様子もなく、喋る。コメディアンの才能があるに違いないと確信させられる彼女の切れることのないネタの量にはつくづく舌を巻くが、時々黙っているのを見ると死ぬんじゃないかと内心どきどきしている。

「そういえばサッカー部って女子に人気あるよねぇ」

「ああ、確かにイケメン揃いだしね」

「そうそう!神童くんとか霧野くんとか南沢先輩とか!あの三人は陰でファンクラブとかもできてるらしいよー」

すっかり弁当を食べる手を中断させて興奮気味に話す友人。まったくイケメンに目がないのは相変わらずだなぁなんて半ば呆れながら南沢先輩はセクシーでどうのだとか、神童くんにこの間ハンカチを貸してもらっただとか、サッカー部の選手達についてとても熱く語られた。男子にまったく興味のない私にとっては大半がどうでもいい話だったけれど、その後の友人の口から出た名前に私はコーヒーミルクを盛大に噴き出すことになる。

「あっ、後最近は速水くんとか倉間くんとかもモテ始めてるらしいね」

不意に出された「倉間」「モテ始めている」という単語達に私は鼻水を吹き出してしまいすぐに手際良くティッシュをポケットから取り出すとぶびいと下品な音をたててそれをかむ。少しもなしないうちに突然笑い出して机をバンバン叩く私を友人はきっと「なんだこいつ」という目で見ているだろう。しかしこれが笑わずにいられることか。あの「倉間」が「モテ始めている」?冗談はそのネタの数だけにしてほしい。

「あっはははは!ないない!あいつがモテるなんてことは!ない!天地が三回ひっくり返っても!ない!」

倉間は私の3歳ぐらいからの幼なじみで、あいつと馬が合ったことはない。昔から喧嘩ばかりを繰り返してきては親や周りの友達に止められていた。幼稚園の年長の時は滑り台から落っことされ、小学三年生の夏祭りでは好きな人の前でスカートを捲られ可愛い熊のパンツを公共の場で晒すこととなった。あれ、思い出してみれば私いじめられてばっかじゃん。まあ他にも嫌な思い出はたんまりとあるが言い出したらキリがないのでとりあえずここら辺にしておく。あれ、なんかイライラしてきた。

「え、い、いや、でも昨日も凄く可愛いって評判の隣のクラスの女子を振ったとか…」

「そんなのガセだね、だってあいつ家だとこっそり苺牛乳飲んでるんだよ苺牛乳!普通の牛乳じゃなくて!超乙女!てか、牛乳なんて飲んでもあの背はどーにかなるもんじゃないのに無駄な努力ごくろ、ドゥオ!」

「なーんか耳障りな声がすると思ったらお前かよ」

突然腰掛けていた椅子の脚を物凄い力で蹴られて、危うく口の中のクリームパンを吐き出す所だった。まだ声変わりしていないこの女々しい声の持ち主は、私が昔から嫌というほど一緒にいたあいつに違いない。

「っ何すんのよこんのチビすけ!」

「別にーなんかうざい声が聞こえたから蹴り入れただけ」

「貴様…こんなか弱い女の子になんて卑劣なことを…」

「てめえみたいなでかい奴を女と思ったことは一度もねーよバーカ」

「生憎、私の身長は162。君は151。私は普通なの、君が小さいだけなの、わかる?」

「162なんて十分でか…つーかなんで俺の身長知ってんだよ!」

「南沢先輩情報でーす」

「あんのクソ先輩!」

「あっ先輩にクソ呼ばわりしてたの言っちゃおうかなー」

「うわああ言うな!この性悪女!」

「誰が性悪女だ未だに家でこそこそ苺牛乳飲んでるのしってんだぞコノヤロー!」

「なっ、べっべべっ別にたまたまだよたまたま…」

「うわ、たまたまだって…みんなーここに下ネタ連呼してる人がいまーす」

「はぁあ!?しね!」

「生きる!!!」

「っつか、そーいうお前も未だに幼稚園のお弁当箱使ってんのな、だっせー」

「べっ、別にそんなのいいでしょ!ほっといてよ!」

「はっ、可愛いしましろうなこって」

「ああん?それ以上言ったら蹴る」

「いてえいてえ!もう蹴ってんじゃねえか!」

「ふんっ神の裁きを受けるがいい」

「おいやめろっ、ぱ、パンツ見えてんだよ!」

「見るな」

「いや無理だし!」

「ちっ、ちょこまかと動き回りやがって」

「はっデカい奴は鈍くさくて可哀想だな」

「うっせ黙れ倉間しね!」

「お前がしね!」

「いやお前がしね!」

「いやいやお前がし」

「ちょっといいかお前ら」

何!と私と倉間の声が重なり話しかけてきた霧野くんはピンク色のおさげと肩をびくりと揺らす。

「い、いや、仲良いのはわかるんだが」

「よくない!」

「そんなハモられて言われても…」

「よくないんだっつの!」

「あ、ああ、で、喧嘩するのはいいんだけど」

霧野くんがそう言って親指でくいっと後ろを指した先を見て私と倉間は「げっ」と声を漏らす。

「お前らが倒した神童と俺の弁当箱、どうにかしてくれないか?」

顔にうっすらと青筋を浮かべ苦笑した霧野くんが指さした所には、二つの弁当箱が倒れおかずが床に散らばり大変悲惨なことになっていた。近くでそれを見据えている神童くんは今にも泣き出しそうな顔でふるふると体を震わせていて。

「ほらお前が蹴ったりしてくるからこんなことになるんだよ謝れ」

「いや私を怒らせた倉間が悪い。私悪くない。倉間謝れ」

「は?そんな言い訳通用すると思って」

「どうにかしてくれないか?」

「はい、すみません」

そんな怖い顔しちゃって可愛いお顔が台無しだゾ!なんて言ったらどうなるかわからないため素直に頭を下げる。まったくこのチビのせいでとんだとばっちりを喰らった。馬鹿、という意を込めて倉間に向かってべ、と舌を出すと足の爪先に鈍い痛みが帰ってくる。こちらも踏み返してやると霧野くんがすごい形相でこちらを見ているのに気づいて喧嘩は中断された。今日学んだこと。とりあえず霧野くんは怒らせてはいけないようです。





110808 / なんてことのない日常