『―――さて、当選者発表のお時間です』

「きたきた!」

 霊とか相談所のシャッターを閉め、“閉店”の札を入り口に提げる。今日もぎっしりと予定が詰まっており、たった今最後の客が帰ったところだ。どうもここ最近は除霊の依頼がやたらに多く、かれこれ二週間はしばらく働きづめであった。決して安くない報酬が入ってくるのはありがたいのだが、流石にそろそろゆったりとした休みがほしくなってくる。

 御払い稼業も楽じゃねーぜ、と呟きながら事務所のドアを開ける。今日一日の疲れ……彼がよく口にする“呪い”の類いでどっしりと重くなった肩をソファにもたれかけさせ、そのまま背中ごと沈んだ。

 長い息を吐き、隣に座っている事務所のアシスタントのフミに目を向けると、ポニーテールに纏めた黒髪が浮かれたように揺れているのが見える。彼女の視線は目の前に置かれたテレビに釘づけになっていた。
 因みにこのテレビは、元々事務所になかったものでバイト代を使ってフミが買った物だ。中古で安く手にいれた小さな画面には、人気のバラエティー番組の司会者が笑顔でマイクに話している様子が映っている。

「何見てんだ?」

『それでは、当選者の方にお電話をおかけします……』

「何って、これよこれ!」

 フミが指差したテレビには“当選者には三名様豪華温泉旅行をプレゼント!!”と奇抜な色のテロップが流れている。どうやら応募したらしい。

「そんなに期待したところでどうせ当たらねーって。倍率どんだけあると思ってんだよ」

「なによ、夢がないわねぇ……最近働き詰めでしょ?そろそろ休暇をとりたいなと思って応募したんじゃない」

「夢もいいけどよー……現実はそんなに甘くないのよフミちゃ〜ん?」

 口元をにやりと歪めて小馬鹿にした口調でフミにそう言うと、不機嫌そうにその細い眉がぴくりと動いたのが分かった。

 ちょうどその時。
 耳障りな甲高い電子音が、事務所中に響いた。

「…………」

「…………」

 テレビの中で鳴るコール音と完璧に連動したその音は、事務所の机に備え付けられた電話から発せられていた。


□□□□


 顔を上げると、上流からの川が横を流れていた。大きな岩の間から勢いよく流れる水の音で目が冴える。都会の中にはない渓谷の瑞々しい空気を肺一杯に取り込むと、頭の芯がすう、と冷えていく気がした。
 前を向けば、赤や黄に色付く葉をつけた木々が彼らを迎える。遠くに望む山々もその頭を見事に鮮やかな色に染めていた。

 季節は秋、真っ只中である。

「少し山奥だとは聞いてたけどここまでとは思わなかったぜ」

「でも綺麗、紅葉狩りにいいわね」

 上を眺めながら歩く彼女に合わせ、霊幻もぼんやりとした顔で空を見上げる。赤い葉の先にある青空には、高い位置に浮かぶうろこ雲。眠くなるような速度で流れる雲からじっと目を離さずにいると、足元の石を蹴っ飛ばしてしまった。

「あ痛ッ」

「げっ悪いモブ!」

「いえ……大丈夫です」

 横にすっ飛んだ石にぶつかって声を上げたのは、いつもと違うの私服姿のモブ。背中に担いだリュックはなかなかに重そうだが、彼の足取りは軽い。部活動の走り込みは少しずつ確実に成果を上げているようだ。

「でも、本当に良かったんですか?フミさんが当てた旅行券なのに僕が着いてきちゃって」

「いいのよ!三人分だから人数的にもちょうどよかったし」

「あるなら使っといた方が得だろ?お前もたまには羽のばしとけ」

「あ、ありがとうございます」

 そう答えた彼は再び前を向いて黙々と歩き続ける。少し険しい山道だが今の季節、この道は見事な紅葉を見ることができるハイキングコースとして地元の人々には有名な場所らしい。のんびりとその景色を楽しみながら歩いていた霊幻だったが、突然隣にいたフミに服の袖を引っ張られ視線を紅葉から外した。
 なにか言いたげな複雑な表情をしている彼女になんだよ、と尋ねると、モブに聞こえないように小さな返事が返ってきた。

「モブくんのご両親にどうやって説明したのよ、連れてくる時に一応挨拶行ったんでしょ?」

「ああ、親には“同じ超能力を持つ仲間として、以前から仲良くさせてもらってる友人”ってことにしてる。流石に中学生をバイトさせてるとは言えねーからな」

「よくそれで許可下りたわね……怪しまれなかったの?こんな年上の胡散臭い友人を名乗る奴が出てきたら、私なら追い返すけど」

「そこは上手く納得してもらえるようにやったつもりだ」

「本当にアンタ、除霊以外はとことん器用ね……」

「師匠、フミさん、アレですかね旅館って」

 こそこそと話している二人を余所にモブは目の前を指差す。

 彼らが歩く先には、山奥の別荘といった言葉が似合いそうな木造建築の建物が姿を表していた。山の景色に馴染む古めかしさがありながら、決して野暮ったい印象はない。横に流れる川の音のせいか人の喧騒が届かない山奥だからか、その旅館はどこか澄んだ空気を纏っていた。
 テレビ当選で当たるほどのものと聞いて期待していたが、これは思った以上に豪華な温泉旅行になりそうだ。さっきまで険しい表情で話し込んでいた二人は、いつも通り無表情で歩くモブとは対照的に口元を緩ませて旅館を見ていた。

 玄関を潜ったところでチェックインの手続きをするため、代表者の霊幻がカウンターへと向かう。その間手荷物を抱え、フミとモブはロビーのソファに座って手続きと部屋の準備を待っていた。

「?何でしょう、これ」

「“御狐様”ですって。そこに流れてる川と、この辺り一帯で信仰されてる神様みたい」

 玄関、ロビー、そして待合室にも置かれた狐の銅像。狐と言えば、稲作の神として全国的にも有名である。その中でもこの地域は“御狐様の住む山”として、特に信心深く“御狐様”を奉っているらしい。旅館紹介の説明書きに大きく描かれた狐は、観光客に親しみやすそうな可愛らしい顔でにっこりと笑っていた。

「あ、部屋の準備終わったみたいですね」

「そうね」

 こちらに向かってくる霊幻を振り返り、二人はふかふかのソファから腰を上げて部屋へと向かった。
 通されたのは旅館の奥、ここでは一番豪華な部屋らしい。他の部屋とは明らかに違う広い入口の鍵を開け、中へと案内される。玄関で靴を脱ぎ、木造建築独特の香りがする廊下の先の襖を開けると、純和風の畳が三人の目に飛び込んだ。

「あら……!」

「おお、景色いいじゃねーか」

 暖かい色の漆喰と畳で囲まれた部屋は広く、二つに空間が別れていた。
 正面にはお茶菓子の乗った机があり、左の壁際にはテレビが備え付けられている。床の間には水墨画が描かれている掛軸と、今は空だが何かを供えるためのものらしい皿。開いた襖の先、区切られた右の部屋には冷蔵庫やお茶を入れるためのポット、箪笥が置かれている。

 そして一番目を惹き付けられたのは小さな縁側を隔てた奥にある大きな窓。ちょうど紅葉を迎え赤く色づいた木々が目の前に迫り、あまりの美しさに巨大な絵画を前にしたような感覚に陥った。

 一同のおお、という歓声の後、三人を案内したこの旅館の女将はお茶の用意をしながら浴衣や食事、温泉についてを順に説明していく。粗方それが終わったところで、立ち上がった彼女は何故か床の間の皿にいなり寿司を置いた。

「あの、それはなんですか?」

「お供え物ですよ」

 モブが尋ねると、そう言って柔和な顔立ちの女将は微笑んだ。玄関にも飾ってあった小さな銅像、“お狐様”へのものだという。

「特にこの部屋は旅館一番の景色がご覧になれますので、お狐様の通り道、“神道”が近いと言われています。ですからこうして一日ひとつ、おいなり様をお供えするんですよ」

 手を合わせて小さく拝んだ後、ごゆっくりどうぞ、と頭を下げ、女将は部屋から去っていった。

「すごい景色ですね、さっきの川が下に流れてますよ」

「おーいモブ落ちるんじゃねーぞ、ここ三階だからな」

「あ、はい」

 開け放った窓から身を乗り出して下を眺めていたモブは、その声一つで直ぐに部屋へと戻ってきた。先程女将が入れたお茶を飲みながら、一同はほっと息をつく。外の川から聞こえる川の音が、ゆったりとした空気を部屋に運んでいた。

 時間は午後四時。夕食の時間は七時に予約しておいた為、三時間も自由時間がある。部屋で寛いでいてもいいのだが、フミの希望により三人は温泉へと向かうことになった。

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