月曜日。
 休み明けのこの日、多くの社会人や学生は各々の仕事場へと向かう。また始まる忙しい一週間に急かされるように、町には慌ただしく歩を進める人々で溢れていた。その町の一角、学生服に身を包む中学生たちが通る通学路の前に建った店。決して広くはないこじんまりとした佇まいのその店は、この時間帯大勢の学生で賑わっていた。

「お会計315円になります」

「ありがとうございましたー!」

 明るい声が響く店内ではパンの焼ける芳ばしい匂いが立ち込め、 成長期である少年少女の胃袋を刺激する。調味市内の塩中学校前にちょうど位置するこのパン屋は、毎朝その日の昼ごはんを買うために塩中の生徒が訪れていた。

「あっ、」

 レジの前にいた男子生徒が慌てて小銭を取り落とす声が聞こえた。軽い音をたててレジの机から店員の足元へ落ちていくそれにすみません、と申し訳なさそうに謝罪する。

「大丈夫ですよ。……はい、420円ちょうどお預かりします」

 嫌な顔ひとつせずレシートを差し出す店員の笑顔を見て男子生徒の表情は綻ぶ。境木、と書かれたネームプレートをちらりと一瞥してから、彼はパン屋を後にした。

「フミちゃーん、そろそろ上がっていいよ!!お疲れさん」

「はい、お疲れさまでした」

 それから数時間後。ある程度客足も途絶え、ゆったりとした時間が戻ってきた頃に上司から声がかかり、彼女―――境木フミはレジから離れた。仕事を終えた後、いつもそうするように上司や同僚に丁寧に頭を下げ、厨房を抜けて奥へと消えていく。真っ直ぐと背筋が伸びた後ろ姿は、礼儀正しい彼女の性格を表していた。
 客がいなくなり暇ができた他の店員たちはその背中を眺めながらぽつぽつと会話を交わす。

「真面目ねえ、境木さん」

「学校前のパン屋だし忙しいけど、毎朝若い子が接客してくれると本当に助かるわぁ」

「そういえば彼女、毎日昼までここでバイトしてるけど学校はそれからなのかしらね?」

「前聞いたところによると大学には行ってないらしいわよ、もう働いてるんですって」

「あらまあ、そうなの?」

「昼からはまた違う場所でバイトかなんかじゃないかしら?」


□□□□


 バイト先から頂いた売れ残りのパンを二人分手に提げ、寄り道をすることなく真っ直ぐと職場へ向かう。バイトではなく、れっきとした社員として。
 中心街から少し離れ、長閑な空気が流れる通りから見える“霊とか相談所”の看板が立つ場所が、私の職場だ。腕時計の時間を確認し、足早に階段を上る。時間は十二時五十五分。勤務時間に間に合い私はほっと息をついた。最も、多少遅刻したところで彼は大して気にすることはないのだが。

「こんにちは」

「おう、来たか」

 ソファでのんびりとくつろぐ雇用主にそう声をかけて、荷物をいつもの場所に置きにいく。相手がどんな人間だとしても、挨拶だけは礼儀正しくする、というのが私なりのポリシーである。上着を脱ぎ、パンの入った袋を持ってテーブルへ向かうと、だらしなく脱力していた彼もよっこらせ、となんとも親父くさい台詞と共に起き上がった。

「はい、今日の分」

「いやぁいつも悪ィな!ここのパンうまいからありがたいぜ」

 昼ごはんの為に飲み物を取りに行った背中を見送りながら、私は自分用のペットボトルを取り出し、半分以上残っているそれに口をつけた。

 霊とか相談所。

 悪霊や呪いといった心霊現象、怪奇現象を解決する事を主な仕事としているのだが、相談所の主である霊幻新隆はその肝心の霊能力を少したりとも持っていない。本人は能力者だと自称しているものの、私が彼のそういった力を目の当たりにしたことは一度もない。
 つまり平たくいえば詐欺師である。

「あれ、お茶持ってたのか。コップもってきちまった」

「いいわ、使うから貸してちょうだい」

 向かい合って座り、二人でもさもさとパンを頬張る。霊幻曰く、今日は午前中に依頼が一件来ていたっきりで、飛び入りで訪問客がいない限りはしばらく暇なのだという。
 ということはこれからはしばらく自由時間と見ていいだろう。自営業なのでこういうことは珍しくもない。まあ依頼主との話や依頼の内容など通常の業務はいつも霊幻が一人でこなしているため、元々私が手伝える仕事などほとんどないのだが―――

「…………」

「……?なんだ、じっとこっち見て」
   
「なんか、気持ち悪い」

「は!?」

心霊相談所を営んでいる割りに霊能力を持ち合わせていない霊幻の仕事を、私が手伝えることがひとつある。

「お、おま、人の顔見て気持ち悪いって……え?」

 ぺちん、と肌を叩く音に一瞬だけ目を瞑る霊幻。私が彼の額に張り付けたのは、文字とも記号ともつかないものが筆で描かれた御札。
 私の手からそれが離れた瞬間、朱色の文字がみるみる内に色を変え、終いには白かった札全体が炭を落としたような黒に変色した。同時になんとなく感じていた嫌な感覚もなくなる。

「やっぱり。さっきの依頼人が連れてきた悪霊に乗り移られてたみたいね」

「え、あ、ああそう……気持ち悪いってそれで……び、びっくりさせんなよ……」

 俯いてしどろもどろになにかを呟いている霊幻の胸ポケットからライターを拝借し、黒くなった御札を燃やす。すっかり燃えきって塵になった御札をごみ箱に捨て、半分ほど残っていたパンの続きを食べ始めた。

 これが唯一、私が仕事でできること。先天的な霊能力を有していた私は周りのものを清める、即ち除霊することができるのだ。霊能力者を名乗る霊幻の隣に本物の霊能力者がいるだなんて皮肉にも程があるが、彼の方はそんなこと気にもしていない。寧ろ私の力を利用して金を稼ぐ気でいるのだから、全くおめでたい頭である。
 それに付き合っている私もつまりは相当おめでたい訳だが、そんな胡散臭さ満点のこの相談所、実はアルバイトを一人雇っている。

「モブくんは今日も部活かしら」

「え?ああ……今日は休みだってよ。学校終わったらすぐこっち来るって連絡あったぞ」

「そう」

 少し前から霊幻に弟子入りしているモブくん、本名影山茂夫くん。彼も私のように時折霊幻の命によって手伝い……否、完全に除霊を任されている。モブくんは私とは違い超能力者だが霊能力に通ずる力も持っているらしく、以前見たときは悪霊を数秒もたたない内に消し去ってしまっていた。

 最近の仕事は専ら霊幻とモブくんの二人で片付けてしまうことが多く、私が出る幕はこれといってない。時々ここに食事を作りに来たり事務所の掃除をしたりといった家事手伝いをする程度だ。
 そんな訳でここ数日、私は仕事中でありながら大層暇をもて余している。

「…………」

 最後のパンの一欠片を口に放り込み咀嚼しながら、空っぽになったビニール袋を丸めてごみ箱に投げ入れる。霊幻も既にパンを平らげ、コップを片手にカレンダーの予定を眺めていた。

「ねえ、」

「んあ?なんだ?」

「……その、最近モブくんとよく仕事に行くけど、それ以外の除霊は大丈夫なの?モブくんだって学校も部活もあるんだし、いつも仕事にはこれる訳じゃないわよ」

「……ははーん、さてはフミちゃん妬いてるぅ?」

「は!?」

 予想もしていなかった返しに俯いていた顔を上げる。向かい合って座る霊幻は、にんまりと人の悪い笑みを浮かべていた。時々見せる、人をからかう時の顔だ。

「私も霊幻先生のお仕事手伝いたい!モブくんばっかりずるい〜ってか?」

「ちょっと何言って、違、」

「だーいじょうぶだって。お前にもやってほしい仕事がちょうどあったんだ。後で頼むから」

「え、あ、そう……」

 つい安心している自分がいて、頭を抱えたくなった。質が悪すぎる。
 未だににやにやとこちらを眺める霊幻が憎く見えて思いきり睨み付けたが、顔が熱を放っている感覚からして照れているようにしか見えないだろう。案の定照れちゃってー、と霊幻は軽口を叩いてきた。
 反論しないまま閉口するのも悔しくて、右手に持ったままだった彼のライターを押し付けるように返す。握り締めてすっかり体温が移ったそれを手にした霊幻がますます笑みを深くしたところは、無理矢理視界から外した。

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