人は平等ではない。

 才能、容姿、貧富。生まれた時に既に人が手にしているものは様々であり、環境によって育つものもあれば育たぬものもある。

 中でもほんの一握りに許された人智を超えた力、超能力。これは他の才能やら何やらとは訳が違う……いや世界が違うと言ったほうが良い。
 所謂超能力者と呼ばれる彼らは、普通の人間より一歩、或いはそれ以上に神に近い存在である。

 だからこそ、自分にしか与えられなかったその力は有効活用するべきであり、わざわざ一般市民に成り下がるなどということはこれ以上なく愚かしいものであるのだ。
 ここ数日、その愚かで訳の分からない奴にくっついていて様子を見ているが、未だにこいつ、影山茂夫の考えることは良く分からない。

 強力な超能力者にも関わらず周りからは利用されっぱなしのシゲオは、相も変わらず冴えない日々を送っている。まあ俺様、エクボもその冴えないシゲオを利用してやろうと企む者の一人だが。
 今日も今日とて、あのインチキ霊能力者の手伝いへと事務所に赴く小さな背中―――俺様と比べれば大きいが―――を追いかける。またくだらない除霊依頼を任されるのだろう、コイツは本当にこんな生活で満足なのだろうか。
 道中にまたしても同じことを考えて、俺様は勿体無い、と小さく嘆息した。

 霊幻新隆とかいう詐欺師の事務所は、シゲオが通う塩中学校から少し離れた場所にある。そいつから買い与えられたという携帯で呼び出されるたびに、せっせとシゲオはこの事務所まで足を運んでいた。角を曲がったところで、いかにも胡散臭い『霊とか相談所』の小さな看板がちらりと見える。

 いつもは寂れてこじんまりとした印象しかもたないその景色だが、今日はどこか嫌な空気が漂うのを感じた。

 肌で直感する。これは、俺様のような悪霊に効くものだと。事務所の前にまで辿り着き、階段を上るシゲオに最大限くっついているが、それでも辛い。シゲオに除霊される前ならこんなもの、屁でもなかったというのに。

「あれっ、どうしたのエクボ」

「嫌な空気のせいで息苦しいんだよ。あのインチキ野郎、まさか一丁前に結界でも張ってんじゃねーだろうな……」

「嫌な……そういえばフミさんの気配だね、これ」

「誰だそれ、お前のばーちゃんか?」

「僕のおばあちゃんの名前はトメだよ」

 小話をしながらも、いつも通りのシゲオが事務所の入り口のドアを開ける。途端に目眩のするような気配が俺様に襲いかかった。

「こんにちは、お疲れ様です」

「あらモブくん、こんにちは」

 聞きなれない女の声に、なんとか視線をそちらに向けた。

 一見するとシゲオと大して変わらない背丈の小柄な女。愛想の良さそうな笑顔で俺様たちを迎えてから、ちょっと待ってね、と女は台所へ消えていく。

 見た途端に分かった、この気配の元はあいつだ。

「あの人もう直ぐ帰ってくると思うから、お茶でも飲んで待ってて?」

「ありがとうございます」

 素直にソファに座り、女……フミとか言ってたか、そいつが出したお茶をシゲオはのんびりとすする。時計は午後四時を過ぎたところ。そこそこに広い事務所には、小さなテレビのニュースと時計の針の音が聞こえるのみだった。

「…………」

 出来る限りフミから距離を取る。といっても、シゲオから離れてしまえば余計に辛くなるのが分かるので、この二人があまり近づかないことを祈るのみだ。それを見かねたのか、珍しくシゲオの方から大丈夫?と声がかかった。

「大丈夫に見えるか?」

「見えない」

「だろうな」

「あら?モブくん、そこ誰かいるの?」

 不思議そうに首を傾げてこちらを見る辺り、霊視はできないらしい。定まらない視線はきょろきょろと辺りを見回していたが、シゲオが俺様を紹介した時によお、とだけ言うと反応したところから声は聞こえるようだ。

 困ったのはそれから直ぐにフミが鞄から札を取り出しそうになった時だった。とてつもない霊力が圧縮されたその札が少し擦りでもすれば、普段の俺様ならともかく弱体化した今のままでは跡形もなく消し去られかねない。なんとかシゲオに俺様は無害だということを喋らせたが、疑うような目でこちらをじっと見つめてきた。

「師匠が平気だって言ってたので、害はないと思います」

「悪霊云々はあの人宛にならないわよ?適当に答えてるだけだもの」

 口ぶりからして、シゲオとは違ってこいつは霊幻が詐欺師だということを知っているらしい。全く信用していないといった様子で息を吐くフミは、未だ手元に札を握っている。
 そうなるとこの怪しげな相談所にいること自体がたいそう疑問だが、考えが及ぶ前に入口のドアが音を立てて開き、当の本人である霊幻が帰ってきた。

 たった今依頼をこなしてきたところなのだろうが、何故か掃除道具を手にしていた霊幻。がちゃがちゃと音を立てて床に置いたそれを、立ち上がったフミが片付け始める。

「おかえりなさい。お疲れ様」

「はーこき使われたもんだぜ、肩が凝る……」

「年末に除霊依頼頼んできた人よね、部屋が汚いって言ってた」

「ああ。あれからまた頼まれるとは思ってなかったが、その分依頼料が弾むから断れねーぜ。モブ、次の仕事出かけるぞ」

「はい」

 シゲオは空になったコップを置いて、師匠の背中について行く為立ち上がる。俺様も同じくその背中についていくが、事務所のドアから出ようとした時、掃除用具を片付け終えたフミからとんでもない言葉が発せられた。

「ねえモブくん、エクボとかいう霊はここに置いて行ったらどうかしら。せっかくだから、少しだけその霊とお話がしてみたいの」

「は?」

 唐突過ぎて間の抜けた声が出てしまった。たった今俺様を除霊するだのしないだの言っていたのに、話がしたい?疑わしく思ってフミを見ると、にっこりと口の端を上げつつも目は笑っていない。畜生、そういうことか。

「そうなんですか?じゃあエクボはちょっとの間だけ留守番―――」

「いやいやいやふざけんな!あんな気持ち悪い気配垂れ流し女と一緒になんていれるわけねーだろ!?殺す気か!!」

「いや、エクボはもう死んで……」

「そういうのは言わない約束だぜシゲオよ」

 シゲオが大丈夫といった以上、こいつの前で俺様を消すことはせず、二人っきりになってから除霊するべきだと踏んだのだろう。ここで置いていかれては俺様は確実に終わる。

 そう考えた必死の弁解はなんとか受け入れられ、ここに来た時よりも更にシゲオに密着して、俺様は事務所を後にした。鬱陶しいと迷惑がられたが、そんなことを考える余裕はない。

 ドアをくぐる瞬間に少しだけの方に視線を向けると、行ってらっしゃいと見送る彼女の、驚くほど冷たい視線とかち合ったような気がした。

「……あいつ、今日なんか怖くない?」

 とりあえず一番驚いたのは、霊幻がフミのあの剣呑な気配を感じ取っていたことだった。

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