そうだ、殺してしまえばいい。

 あの華奢な体も、柔らかい笑顔も、全て目の前から消し去ってしまえば、きっとこんな気持ちからも解放されるはずだから。

 ナマエがいると、心が落ち着かない。
 いつも気がつけば彼女のことを考えていて、会うと必ず心臓の鼓動が速くなる。「イルミ」とただ名前を呼ばれるだけで、頭が真っ白になる。もしこの時に誰かに命を狙われたなら、オレはあっさりそいつに殺られてしまうだろう。

 ナマエは、邪魔だ。

 目の前の細い首を切り裂く。白い肌から真っ赤な鮮血が溢れだし、細い身体は羽毛布団のように軽く倒れる。動かない手足。流れ出した血液で髪が、顔が、服が、全て赤に染まる。

 ――――なんで。
 そこまで自分の頭はナマエの死を思い浮かべられるのに、現実の彼女はまだ笑っている。その命を刈り取るはずのオレの手は空を切っていた。……他でもない、自分自身の空想に止められて。
 どうしてナマエが死ぬのが嫌なんだろう。どうして、オレはこんなに彼女のことばかり考えている?

 どうして、どうして、どうして。

 繰り返す自問自答をそのままナマエにぶつけると、大層不思議そうな、きょとん、とした顔がこちらに向いた。無垢で無邪気でまっさらなその表情は、オレの言葉の意味を本当に理解しているのだろうか。


□□□□


 最近、変だとは思っていた。
 私の話を聞いているときもだいたい生返事だし(以前は寧ろ彼から話すことの方が多かったのに)、時々殺気がこちらに向けられる。
 もしかして嫌われてるのかな、と思い確認しようとしたけど、それならこう頻繁に私のところへはこない筈だ。訳の分からないイルミの行動は私をとにかく不安にさせた。

 彼が有名な暗殺一家のご長男であることを知った時は驚いたけど、それ以上に実は嬉しかったんだ。
 私のように、依頼されれば直ぐに人なんか殺す便利屋は普通の恋なんてできやしない。だから偶然仕事で見かけた時に一目惚れして彼の事を調べた時、まだ顔だって向こうには知られてない癖に気持ちは有頂天だった。

 自分と同じ、裏の仕事の人間。
 人形のような綺麗な顔の奥は絶対に覗き込めない闇。

 初めてイルミと対峙した時は怖い気持ちが勝ったけれど、そういった彼の暗い部分に惹かれた気持ちもあった。それから何回か会って、段々距離は近づいて。楽しいことばかりだったのに、突然彼はそうなった。

 どうして、どうして、どうして。

 私が何かしたんだろうか、気の障ることを言ってしまったんだろうか。
 堪えられない気まずさに、口角が下がる。彼から目を反らして俯いた。もう形だけでも笑顔なんて浮かべられる余裕はない。
 一つ、静かに深呼吸をして勢いよく上を向く。くよくよしても仕方ない、思い切って聞いてみよう。

 そう思って口を開いた瞬間、少し先を越されたイルミの言葉に、頭が真っ白になってしまうのはほんの少しだけ先のこと。


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